最新記事

シリア情勢

シリア・ミサイル攻撃:トランプ政権のヴィジョンの欠如が明らかに

2017年4月18日(火)19時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

パワー・バランスに何の変化ももたらさなかった

これらの「前科者」にはいずれも化学兵器攻撃に及ぶ動機があるとの説明がメディアではなされた。シリア政府の動機は、バッシャール・アサド政権存続を黙認する姿勢を見せていたトランプ政権に化学兵器使用を黙認させ、反体制派の志気を挫くため、攻撃を敢行したというものだ。

これに対して、反体制派の動機は、シャーム解放委員会を排除したかたちでの統一作戦司令室を設置するまで支援は打ち切るとのトランプ政権の方針の変更を促すため、欧米メディアが大きく取り上げるような「自作自演」を行ったというものだ。

双方の動機を踏まえると、トランプ政権がミサイル攻撃に踏み切ったことは、シリア政府側にとってみると当てが外れたことになり、窮地に追い込まれたことを意味する。しかし、攻撃はシリア政府と反体制派のパワー・バランスに何の変化ももたらさなかった。

トランプ政権の言説を見る限り、ミサイル攻撃は「レッド・ラインだけでなく、多くの一線を越えた」シリア政府に、化学兵器の再使用、そして「心ゆさぶられる」殺戮を断念させることが目的であるはずだった。

しかし、ロシア国防省の発表によると、基地に命中したミサイルは23発に過ぎなかった。なお、ロシア軍は2015年末以降、ヒムス県東部(イドリブ県南部ではなく)でイスラーム国に対する掃討作戦を行うシリア軍を支援するためにシャイーラート基地に部隊を駐留させていたが、何らの被害を受けることはなかった。

またシリア国営放送(SANA)によると、攻撃によってシリア軍兵士6人が死亡したが、ミサイルは周辺の村落にも着弾し、子供4人を含む民間人9人が死亡したという。米国防総省はこの攻撃で、シリア政府の化学兵器生産能力を低下させたと鼓舞したが、同地に化学兵器、そして関連施設があったことを示す痕跡はなく、基地自体も2日足らずで復旧した。

【参考記事】ロシア・シリア軍の「蛮行」、アメリカの「奇行」

ミサイル攻撃後、シリア軍による「心ゆさぶられる」殺戮が止むこともなかった。シリア政府は「米国のパートナーであるテロ組織を掃討することで報復する」と発表、首都ダマスカス東部ジャウバル区およびカーブーン区、ハマー県北部、ダルアー市マンシヤ地区で反体制派への反転攻勢を維持強化した。

反体制派も再活性化しなかった。トランプ政権は、その後もアサド大統領を「アニマル」と呼ぶなど非難を続け、ショーン・スパイサー米ホワイト・ハウス報道官に至っては、「無垢の市民に「樽爆弾」が落とされたら、報復を見ることになるだろう」と脅迫した。

だが、米国の反体制派支援は、西クルディスタン移行期民政局人民防衛部隊主導のシリア民主軍、「ハマード浄化のため我々は鞍を備えし作戦司令室」、「新シリア軍」などイスラーム国と戦う武装勢力に限定されたままで、シャーム解放委員会と連携する反体制派への支援が再開される兆しはない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国外務省、高市首相に「悪質な」発言の撤回要求

ビジネス

訂正-三越伊勢丹HD、通期純利益予想を上方修正 過

ビジネス

シンガポール中銀、トークン化中銀証券の発行試験を来

ビジネス

英GDP、第3四半期は予想下回る前期比+0.1% 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 8
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 9
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 10
    「麻薬密輸ボート」爆撃の瞬間を公開...米軍がカリブ…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中