最新記事

トルコ情勢

迫るトルコの国民投票:憲法改正をめぐる政治力学

2017年4月11日(火)15時15分
今井宏平(日本貿易振興機構アジア経済研究所)

支持者の前で演説するエルドアン大統領 4月9日 REUTERS/Umit Bektas

<4月16日のトルコの国民投票まで1週間を切った。大統領に広範な行政の権限を集中させる憲法改正案の実現は五分五分と見られている>

4月16日に実施される憲法改正の国民投票が間近に迫ってきた。1月20日にトルコ大国民議会で336議席の賛成によって18項目の憲法改正案が国民投票にかけられることが決まってから2ヵ月半が経ったが、国民投票は当初予想された展開とは異なった様相を見せ始めている。

「ナショナリズム同盟」の結成

2014年8月にトルコ共和国で初めての国民の直接投票による大統領選挙で大統領に就任したレジェップ・タイイップ・エルドアンは、行政権を持つ「実権的な大統領制」を強く主張した。しかし、当初、その考えは公正発展党の支持者を除く国民には受け入れられなかった。2015年6月7日の総選挙で公正発展党が初めて単独与党となれなかった要因の一つにも公正発展党出身のエルドアン大統領の政治への関与と実権的大統領への言及が指摘された。

しかし、2016年7月15日のクーデタ未遂事件がこの状況を劇的に変化させた。軍部の一部の将校が起こしたクーデタの試みを防ぐとともに、国家の危機に国民が団結すべきであると主張したエルドアン大統領への支持が高まり、従来の公正発展党の支持者だけでなく、トルコ人というナショナリズムを重視する第4政党の民族主義者行動党の支持者の1部もエルドアン大統領と公正発展党に肩入れするようになった。

ただし、民族主義者行動党の一部の支持者の離反は、クーデタ未遂事件だけに起因するわけではなかった。民族主義者行動党は2011年の総選挙、2015年の6月と11月の総選挙でも10%以上の得票率を記録し、大国民議会で議席を獲得しているが、直近の総選挙でその得票率は減少しており(2011年13.0%、2015年6月16.3%、2015年11月11.9%)、党首のデヴレット・バフチェリへの風当たりが厳しくなっていた。

トルコでは得票率10%以下の政党は大国民議会で議席を獲得することができず、支持者の一部はバフチェリの党首としての資質に疑問を呈するようになっていた(ただし、民族主義者行動党を選挙で勝てる政党へと発展させたのは1997年に党首に就任したバフチェリであった。この点に関しては、例えば、今井宏平「民族主義者行動党はなぜ大統領制に賛成したのか」『中東レビュー』、Vol. 4、2017年を参照)。党内で影響力を減退させていたバフチェリであったが、2016年11月にその影響力の回復を図るべく大胆な行動をとる。それまで反対していた実権的な大統領制への移行も含む憲法改正案を一転して支持する姿勢を明確にしたのである。

これは公正発展党にとっても願ってもないチャンスとなった。憲法改正に関しては、大国民議会の全550議席中367議席の賛成があれば議会を通過し、大統領が承認するだけで改正となる。また330議席の賛成があれば、議会通過後、国民投票でその是非を問うことが可能である。公正発展党は316議席を有しているが、それだけでは367議席はおろか330議席にも達しない。そのため、40議席を有する民族主義者行動党の協力は公正発展党にとっても憲法改正に関する国民投票を実施するために必要不可欠であった。

親イスラーム政党であるとともに中道右派政党でもある公正発展党と、極右のナショナリスト政党の民族主義者行動党の「ナショナリズム同盟」は12月10日に21項目の憲法改正を大国民議会で審議することを要請し、2017年1月20日に両党の議員339人の賛成で18項目の憲法改正案が大国民議会で承認された。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国、エヌビディア「H20」のセキュリティーリスク

ビジネス

フジ・メディアHD、26年3月期の営業損益予想を一

ビジネス

午後3時のドルは148円後半へ反落、日銀無風で円安

ビジネス

ルノー、上期は112億ユーロの赤字 日産株で損失計
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 3
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 4
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 5
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 6
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 7
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 8
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 9
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 10
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中