最新記事

日本社会

出生力に関してモデルとなる自治体はあるか? 東海モデルと南九州モデル

2016年11月29日(火)16時40分
筒井淳也(立命館大学産業社会学部教授)

推測

先 日の記事の都道府県別の出生数・出生率のデータ(図1)からもわかりますが、愛知県、特に南部は出生率・出生数ともに比較的高い例外的な位置にあります。また、別途行った分析からも、一般的に製造業やインフラ業の比率が高い地域では出生率も高いことが示唆されています。これは推察ですが、これらの地域では1970〜80年代的な「男性稼ぎ手」家族が存続しており、男性に比較的安定した雇用を提供する体制が続いている可能性があります。

 次に南九州ですが、こちらの特徴は医療・福祉従事者の多さです。また、ここでは示しませんが、実はこの地域は三世代同居家族の比率が少ないことが特徴です。ここから推測できることは、高齢者のケアを家族以外のケア労働者に委託することが多いのではないか、ということです。

 これは仮説に過ぎず、これからのより詳細な検討次第ですが、出生力の高い自治体の特徴を以上のデータから二つ挙げることができます。

 ひとつには従来型のタイプの男性稼ぎ手世帯を維持できているかどうかです。これを仮に東海モデルと呼びましょう。

 以前、愛知県のあるテレビ局のディレクターの方から、「愛知や名古屋から若い女性が東京に流出するが、あえて地元に残る女性について考えたい」といった趣旨の番組出演依頼をいただいたことがあります。その際申し上げたのが、いろんなデータから、愛知は女性の流出が比較的少ない地域であり、おそらく製造業が安定した雇用を男性に提供し、女性が主婦あるいは主婦パートになるという旧来的なライフコースがまだ健在なのではないか、ということでした。今回のデータもこのことのひとつの裏付けになっているように思えます。

 もう一つは南九州モデルと呼びましょう。女性が医療・福祉で有償労働に従事し、ケアを外部化した上で子育てをしている傾向がみてとれます。実際、鹿児島は、人口10万人あたりの看護師・准看護師の人数が1,652人と、都道府県でトップです(全国平均は1,030人。データ)。製造業比率は決して高くなく、所得水準も決して高くない地域で高い出生力があるのは、こういった女性の雇用状況が背景に存在する可能性があります。

おわりに

 多少恣意的な基準で「出生力が高い」自治体を選んだ上でいろいろな推測をしてきましたが、もちろんこれからのさらなる検討の呼び水でしかありません。ただ、少なくとも政府が推してきた「福井モデル」のみでは、自治体レベルの高出生力を説明できないことには注目してもよいかと思います。


[筆者]
筒井淳也
立命館大学産業社会学部教授
家族社会学、計量社会学、女性労働研究。1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部、同大学院社会学研究科、博士(社会学)。著書に『仕事と家族』(中公新書、2015年)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書、2016年)など。編著に『計量社会学入門』(世界思想社、2015年)、『Stataで計量経済学入門』(ミネルヴァ書房、2011年)など。official site:筒井研究室

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米の雇用主提供医療保険料、来年6─7%上昇か=マー

ワールド

ウクライナ支援の有志国会合開催、安全の保証を協議

ワールド

中朝首脳が会談、戦略的な意思疎通を強化

ビジネス

デジタルユーロ、大規模な混乱に備え必要=チポローネ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中