最新記事

中国社会

歴史的改革の農業戸籍廃止で、中国「残酷物語」は終わるか

2016年10月8日(土)17時07分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 第二に、農業戸籍と都市戸籍の区分がなくなっても、戸籍移動の自由が認められていない点だ。中国政府は戸籍移動についても制度の透明化を目指した改革を実施しているが、人気の高い北京市、上海市、広州市、深圳市など人口500万人以上の特大都市については高いハードルを科したポイント制が導入された。学歴や居住年数、役職、納税額、年齢、表彰歴によってポイントが与えられ、一定以上の点数を獲得した者だけが戸籍を得られるという仕組みだ。

 中国は都市化の推進を国家政策としているが、その一方で大都市については人口を抑制する方針を定めている。例えば「北京市人民政府による戸籍制度改革のさらなる推進に関する実施意見」では、市中心部の6区の人口を2014年から15%減少させるとの方針を明記するほか、北京市外に移住した人の戸籍を速やかに移転させる方針も示している。中国人ならば誰もがうらやむ大都市の戸籍についてはやはり高嶺の花のままなのだ。

 では今回の戸籍改革で何が変わるのだろうか。人民日報など中国官制メディアは「農民向け保険よりも充実している都市住民向け保険に加入できる」などのメリットを説いている。裕福な農民にとってはメリットだが、掛け金が高いだけに、低所得層は今までどおり農民向け保険を選ぶしかなさそうだ。

 冒頭に例示した3つの"残酷物語"で考えてみよう。(2)の補償金の違いは改正されるが、(1)の出稼ぎ農民親子が離ればなれになる問題については戸籍の移動が自由化されない以上、大きな変化はなさそうだ。(3)の戸籍取得のための不動産購入についてはポイント制導入によってむしろ煽られた感すらある。例えば北京市では「持ち家に居住すると年1ポイント、借家だと年0.5ポイントの加点」と規定している。やはり家を買わないと北京市の戸籍は取れそうにない。

 農業戸籍の消失はまぎれもなく大事件なのだが、改革案の詳細を見てみると、"残酷物語"はまだまだ終わらなさそうだ。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

FRBミラン理事「物価は再び安定」、現行インフレは

ワールド

ゼレンスキー氏と米特使の会談、2日目終了 和平交渉

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶

ワールド

タイ、2月8日に総選挙 選管が発表
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 6
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 7
    世界の武器ビジネスが過去最高に、日本は増・中国減─…
  • 8
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 9
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中