最新記事

アメリカ政治

テロ支援者制裁法は米議会の勇み足

2016年10月7日(金)10時50分
マーシー・クライター

Gary Cameron-REUTERS

<サウジアラビア政府を相手取ってテロの損害賠償を求める訴えを起こすことができる「テロ支援者制裁法」が米議会で成立。しかし逆にテロ戦争に携わる米軍人が外国で訴えられるリスクも高まる>(写真:ホワイトハウス前でオバマの拒否権発動に抗議するテロの遺族ら)

 米議会は先月末、オバマ大統領の拒否権を覆して「テロ支援者制裁法(JASTA)」を成立させた。これで9・11米同時テロの遺族らは、サウジアラビア政府を相手取って損害賠償の訴えを起こすことが可能になる(テロ実行犯のうち15人はサウジ国籍だった)。

 これには議会共和党の指導部も困惑し、JASTAは意図しない結果を招く恐れがあると指摘した。オバマも同じ理由で拒否権を行使したのだった。

 米国民が外国政府に対して損害賠償訴訟を起こせることになれば、逆に対テロ戦争に携わる米軍人が外国の法廷に立たされるリスクも高まるからだ。

 一般に、主権国家は他国の法律によって裁かれないという「主権免除」の原則がある。だがJASTAは、米国本土で起きたテロ行為については「主権免除」を認めないとする。

【参考記事】ニューヨーク連続爆発事件、大統領選への影響は?

 アメリカには今もテロ支援国家に対する訴訟を可能にする法律があるが、JASTAの下ではそれ以外の国も、自国民が米国本土でテロを実行したというだけで訴訟の対象になる。

「米軍関係者を外国での訴訟に巻き込むリスクを冒すことなく、9・11犠牲者の権利を守れるよう法案を修正する道があるはずだ」。下院議長のポール・ライアンはそう語った。ちなみに上院外交委員会のボブ・コーカー委員長(共和党)は、大統領選後の会期で同法を再検討する可能性を示唆している。

 当然のことながら、アラブ諸国は反発している。ツイッター上にはベトナムなどにおける米軍の「テロ行為」や、アブグレイブ刑務所に収監された全裸のイラク人の写真が出回った。「JASTAが施行されたら、こっちもアメリカを提訴してやるぞ」というわけだ。アラブ首長国連邦の政治学者アブドゥラカレク・アブドゥラも、アラブ諸国はサウジアラビアの側につくだろうと警告した。

 一方で元米国防次官補のチャールズ・フリーマンは、米軍爆撃機の上空通過を拒否するなど、サウジが報復に出る可能性を指摘。対テロ戦争における「協力関係が台無しになる」と嘆く。
サウジがアメリカから多額の資金を引き揚げる恐れもある。

[2016年10月11日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

焦点:税収増も給付財源得られず、頼みは「土台増」 

ワールド

米、対外援助組織の事業を正式停止

ビジネス

印自動車大手3社、6月販売台数は軒並み減少 都市部

ワールド

米DOGE、SEC政策に介入の動き 規則緩和へ圧力
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 9
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中