最新記事

宗教対立

ISIS「人間の盾」より恐ろしい?イラク軍によるモスル住民への報復

2016年10月20日(木)16時00分
ジャック・ムーア

モスルから逃げ出す住民たち Alaa Al-Marjani-REUTERS

<イラクにおけるISISの最後の主要拠点モスルにイラク軍が攻撃をかけた。モスルに残るざっと100万人の住民は残ってISISの人質になるか、逃げて敵対するシーア派の兵士や民兵に拷問・処刑されるか、究極の選択を迫られている> 


 イラク政府軍と民兵組織がテロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)の支配から逃れた何千人もの民間人を拷問し、恣意的に拘束・処刑していると、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが18日に発表した報告書で告発した。

 報告書は「ダーイシュ(ISISのアラビア語の略称)が犯した罪のために処罰される人々」というタイトルで、モスル奪還作戦の開始直前に発表された。イラク北部のモスルは14年6月からISISの支配下にある。戦闘が始まれば、市内や周辺の村々から多数の住民が脱出する可能性があるが、彼らは政府軍や民兵の残虐な制裁を受けかねないと、報告書は警告している。

 報告書はこれまでにISISの支配地域から逃れてきた住民たち──拘束されたり拷問された人やそれを目撃した人、殺害されたり、行方不明になった住民の親族ら470人超の証言を基にまとめられた。

【参考記事】モースル奪回間近:緊迫化するトルコとイランの代理戦争

「戦争の惨禍とISの恐怖支配から逃れてきたイスラム教スンニ派のイラク人を待ち受けているのは、シーア派主体の政府軍とシーア派民兵組織による残虐な報復だ」と、アムネスティの中東調査ディレクター、フィリップ・ルーサーは述べた。「ISが犯した罪のために住民たちが制裁を受ける」

解放で宗教対立が再燃か

「ISがイラクに深刻な安全保障上の脅威を及ぼしているのは事実だが、だからと言って裁判なしの処刑や誘拐や拷問、恣意的な拘束は正当化できない。モスル奪還作戦の実施に当たり、イラク当局はこうした恐るべき虐待が二度と起きないよう対策を講じるべきだ」

 今年5、6月に実施された西部の都市ファルージャの奪還作戦では、戦闘の最中から逃れてきた男たちがイラク軍と民兵組織に殺害される悲劇が数件起きたと、アムネスティは報告している。

 5月にはファルージャの北の町シジルから逃れた地元部族の男たちがイラク軍の制服を着た男たちに身柄を引き渡され、確認されただけで成人男性12人と少年4人が殺害されたと報告書は述べている。6月には、ファルージャの北西から逃れたメヘムダ部族の男たちざっと1300人(未成年者を含む)が地元当局に引き渡される前に民兵に拷問された。

「イラク当局は広くはびこる虐待を黙認するばかりか加担し、やりたい放題の風潮を助長している。民兵の暴走を抑え、こうした深刻な人権侵害は許されないと、厳重に戒告する必要がある」と、ルーサーは語った。

 モスルはスンニ派が多数を占める都市で、イラクに残されたISISの最大拠点だ。奪還作戦はイラク政府軍とクルド人部隊が主導。シーア派が多数を占める政府軍の兵士や民兵がモスルに侵攻すれば、イラクを引き裂いてきた宗派対立が再燃するおそれがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国、債券発行で計40億ユーロ調達 応募倍率25倍

ビジネス

英財務相、予算案に関する情報漏えい「許されず」

ワールド

中国外務省、英国議会からの情報収集「興味なし」

ワールド

水産物輸入停止報道、官房長官「中国政府から連絡を受
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 10
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中