最新記事

リオ五輪閉会式

リオ五輪閉会式「引き継ぎ式」への疑問

2016年9月30日(金)16時40分
小崎哲哉

人とフレーム双方への振付

 要するに、長いダンスの歴史の中で、複数の立体フレームを有機的な美術装置として舞台に導入し、しかも人とフレームの双方にコレオグラフィーを施したのは『バベル』が最初であるということだ。フレームは単なる小道具ではない。ダンサーと同様に振付が施される対象であり、シェルカウイ、ジャレ、ゴームリーという、ほぼ間違いなく芸術史に名を残すであろうスーパースターたちが、議論を重ね、知恵を絞り、試行錯誤の果てに創り上げた独創的な仕事である。時間をかけて確立された新しい「ブランド」を、安易に真似することは倫理的に許されないだろう。

 ところが、リオの引き継ぎ式で行われたパフォーマンスは、同様のフレームを用い、かつ、フレームがなければコレオグラフィーが成り立たないという点で『バベル』に酷似している。筆者が知る限り、類例はない。立体フレームを用いた例はもちろんあるが、いずれもが小道具か、パフォーマーの位置と動きを規定する空間としての使用にとどまっており、フレーム同士が、あるいはフレームとパフォーマーが有機的に関連して、新たな意味やレイヤーを生み出しているケースはほかにないのではないか。

 といっても、引き継ぎ式のフレームが生み出した意味やレイヤーはあまりに少ない。テレビの生中継を観て、さらにYouTubeで確認した限りでは、東京五輪のエンブレムと東京のスカイライン(街並み)をつくっただけである。前者は言われなければそれとわからない。後者は建物の影を象ったプロジェクションに助けられていた。パフォーマーの演技と相俟って、部屋や牢獄や入国審査場、さらにはタイムトンネルやバベルの塔にまで変容した『バベル』のフレームには比べるべくもない。9月18日のパラリンピック閉会式でも7つのフレームが使われていたが、このときは単に背景として用いられていたようだった(書き添えれば、障碍者と健常者が入り乱れるダンスは素晴らしいものだった)。

 9月15日に放送されたNHK『クローズアップ現代』は「仕掛け人がとことん語る!〜リオ閉会式"奇跡の8分間"〜」と題され、引き継ぎ式の演出・振付家であるMIKIKO氏は、予算的な制約で50人しかパフォーマーを起用できなかったこと、フレームを装置として「考え出した」ことについて問われ、以下のように答えている。


「50人っていう数字をフィールドで少なく見せないために、いかに1人を拡張して見せるかというのがテーマでもありましたし、その装置を自分たちで運んで自分たちでどんどん展開していくというふうにせざるを得なかったんですけど、結果、それが日本的というか。知恵を使わないといけなかったことが日本らしく見えて、よかったなあとは思っています」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏の権限拡大、歯止め失い政府機関

ワールド

メキシコ中銀、今年のGDP予想を0.6%増へ引き上

ワールド

韓国8月輸出は予想下回る、対米が12%減 チップ需

ワールド

オーストラリアで反移民大規模デモ 政府はネオナチが
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマンスも変える「頸部トレーニング」の真実とは?
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シャロン・ストーンの過激衣装にネット衝撃
  • 4
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 5
    「体を動かすと頭が冴える」は気のせいじゃなかった⋯…
  • 6
    映画『K-POPガールズ! デーモン・ハンターズ』が世…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    就寝中に体の上を這い回る「危険生物」に気付いた女…
  • 9
    シャーロット王女とルイ王子の「きょうだい愛」の瞬…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 5
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 6
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 7
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 8
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 9
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 10
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中