最新記事

内戦

シリア軍の包囲網のなかで住民は霞を食べている?

2016年8月2日(火)19時16分
ホサム・アル・ジャブラウィ(シリア人市民ジャーナリスト)

Mohammed Badra-REUTERS

<アサド大統領率いるシリア軍は、反体制派を追い詰め、せん滅するためには民間人の巻き添えも厭わない。援助物資の搬入も許されない包囲網のなかに取り残されている多くの住民は目いっぱい知恵を使って生きている> (写真は昨年、シリア政府軍の爆撃を受けた首都ダマスカス郊外のドゥマ。援助団体シリア・アラブ赤新月社の本部がある)

 内戦が続くシリアでは、数十万人の住民がシリア政府軍の包囲網のなかでの暮らしを余儀なくされている。いったいどうやって暮らしているのか?

【参考記事】死者47万人、殺された医師705人......シリア内戦5年を数字で振り返る

 暮らし向きは場所によって違う。食料や医療品が底を突き、人命が危機にさらされている地域もあるが、必死のやり繰りで何とか生き延びている地域もある。追いつめられて、ささやかな「イノベーション」をやってのけることもある。

 シリア中部の都市ホムス北部(住民数10万人)とホムス郊外のワエル地区(同7万5000人)は、地理的には近いが暮らし向きはかなり違う。いずれも政府軍に包囲され、自由な人や物資の往来ができなくなっている。ホムス北部はこの3年で小麦を生産、備蓄し、住民に配達する取り組みを始めている。だが耕作に適した土地が足りないワエル地区では、国連の人道支援に依存している。支援が届かなくなれば、たちまち飢えてしまうだろう。]

パンの値段が半額以下に

 ホムス北部は、比較的土地に恵まれていただけでなく、工夫もあった。2年前に始まった「地元のパン」プロジェクトは、政府軍が長期間、すべての援助物資の輸送を封じた冬の間、住民が食いつなぐ唯一の生命線になった。プロジェクトの趣旨は、自治体がシーズン初めに小麦の栽培に必要な物資を農家に供給する代わりに、農家が収穫した小麦を地元政府に優先的に売るというもの。包囲地域以外では販売せず、便乗値上げを行わないと誓約すれば、農家は人道支援団体や国外に避難した家族を保証人にして生産拡大のためのローンを組むことができる。

【参考記事】アサドを利する「シリア停戦」という虚構

 ホムスを拠点に現地の状況を発信するメディア活動家のヤアブ・アルダリによると、ホムス北部では過去1年間で、自治体が収穫した小麦を住民に公平に分配し、取引の独占による価格上昇も阻止することができた。公営のパン屋が開店してから、パン1袋の値段がそれまでの半額以下になった。アルダリは、人道支援団体が参画する他のプロジェクトとの相乗効果で、包囲地域の住民の暮らしが少しでも楽になればと期待している。包囲地域に安定して水を供給するために水道施設を修復するプロジェクトや、チーズやヨーグルトの製造工場の設立を支援する動きもある。

 首都ダマスカス郊外にあるダラヤ地区の取り組みは、どんな過酷な状況にも適応しようとする人間の底力を象徴していると言えるかもしれない。

【参考記事】地獄と化すアレッポで政府軍に抵抗する子供たち

 ダラヤには2012年末の時点で25万人の住民が生活していたが、政府軍による包囲作戦や虐殺によって、住民の大部分が町を去り避難民となった。町に残された1万人は、政府軍の容赦ない包囲網によって生存の危機に追い込まれていた。政府軍が国連による支援物資の搬入を初めて許可したのは、包囲網を敷いてから3年半後。あと数日で物資が尽きるという寸前のタイミングだった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イラン「核兵器を追求せず」、大統領が国連演説 制裁

ワールド

イスラエル軍、ガザ市中心部へ進撃 医療施設への影響

ビジネス

次期FRB議長に偏見ない人材を、一部候補者の強さに

ビジネス

米財務長官、航空機エンジンや化学品を対中協議の「て
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ハーバードが学ぶ日本企業
特集:ハーバードが学ぶ日本企業
2025年9月30日号(9/24発売)

トヨタ、楽天、総合商社、虎屋......名門経営大学院が日本企業を重視する理由

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...「文学界の異変」が起きた本当の理由
  • 2
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 3
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市場、売上を伸ばす老舗ブランドの戦略は?
  • 4
    【クイズ】ハーバード大学ではない...アメリカの「大…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 7
    映画界への恩返しに生きた、ロバート・レッドフォード…
  • 8
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがた…
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    福音派の終末予言はまた空振った?――キリストが迎え…
  • 1
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 2
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分かった驚きの中身
  • 3
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    筋肉はマシンでは育たない...器械に頼らぬ者だけがた…
  • 6
    【動画あり】トランプがチャールズ英国王の目の前で…
  • 7
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...…
  • 8
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 9
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 10
    「ミイラはエジプト」はもう古い?...「世界最古のミ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中