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イギリス外交

ボリス・ジョンソン英外相の危うい船出

2016年7月20日(水)19時15分
ブライアン・クラアス(英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス研究員、比較政治学)

Kirsty Wigglesworth-REUTERS

<「イギリス史上最も外相に向いていない」ジョンソンの「外交」が始まった。失言癖で知られるジョンソンをメイ首相が外相に起用したのは外交関係を犠牲にしてでも国内事情を優先したからだが、これはキャメロン前首相のEU離脱を賭けた国民投票と同じくらい危険なギャンブルになりかねない>

 イギリスのテリーザ・メイ新首相が外相に選んだのは、近代のイギリス政治史上で最も外交に向いていない人物だ。

 EU離脱派のリーダーだったボリス・ジョンソン前ロンドン市長を外相に起用するサプライズ人事は、EU離脱の是非をめぐって政治的に分断された国内を融和する助けにはなるだろう。だがイギリスが国際社会と良い関係を築くことを重視するなら、極めて有害な外相人事だ。

 ジョンソンを外相にすることで、メイは2つの大きな目的を達成する。第一に、保守党内外に対する大義名分が立つ。同じ保守党内の離脱派や国民投票で離脱に票を投じた1700万人の有権者の間では、残留派だったメイに対する懐疑的な見方が根強い。国内をまとめてEUとの離婚を成功に導く指導力などないと考える人も少なくない。その点、ジョンソンは離脱派の先頭に立っていた。外相はEU離脱交渉の担当ではないが、ジョンソンを重要閣僚に起用したことは、頑なな離脱派に向けた和解のシンボルと映る。

【参考記事】次期英首相テリーザ・メイは「冷たい女」?

 第二に、イギリスの権力層や世界に向けた明確な意思表示になる。メイが率いる新政権は、単にデービッド・キャメロン前政権の女性版ではないというメッセージだ。メイが内閣改造に際して行った数々の選択は、ブレグジット後の政界に激震をもたらすぐらい政治的に大きな決断だった。

病的な失言癖

 だが、危機の渦中にあるイギリスにとっては、こうした国内事情への配慮は、耐えがたい外交失点につながりかねない。外相の職務には、協力や支持を取り付けるための絶え間ない努力が求められる。だがメイはその使命を事もあろうか、世界の指導者に対するレッテル貼りや皮肉や侮辱で悪名高いジョンソンに託してしまった。

 よい例が、アメリカの次期大統領になるかもしれないヒラリー・クリントン前国務長官をめぐるエピソードだ。

 ジョンソンは以前ヒラリーについて「ふてくされた口元に冷たい青い目つき、まるで精神病棟にいそうなサディスティックな看護師」だと言った。さらに、ジョンソンはヒラリーの容姿をけなしただけでなく、彼女のリーダーシップについて女性蔑視のコメントをした。「本気でヒラリーを(大統領に)推すことを考える時がきた。必ずしも彼女を求めているからではなく、夫のビル・クリントンにファースト・ハスバンドになってほしいからだ。ヒラリーと上手くやってこれたほどの男なら、ビルはどんなグローバル危機にも対処することができるはずだ」

【参考記事】ボリス・ジョンソン英外相の嘆かわしい失言癖

 ヒラリーの耳にこうした発言が入っているのはほぼ間違いない。もし11月に彼女が大統領に就任すれば、イギリスとアメリカが保ってきた特別な二国間関係は、別の意味で「特別な」関係をスタートさせることになるだろう。

賭けのような人事

 確かに、ボリス・ジョンソンは機知に富んで知性もあるが、外交手腕がない。似たような経歴のお仲間となら上手く付き合えるかもしれないが、彼はミャンマーからマダガスカルに至るまで、世界各国の首脳を温かく歓迎し、魅了しなければならない。外交関係は、ジョンソンの前任にあたる歴代外相が何十年もかけて慎重に培ってきたものだ。それがたった一つの失言で台無しになることもある。そういう世界でジョンソンはやっていかなければならないのだ。

 ジョンソンを外相に選んだメイは大胆だった。彼女はそうすることで、イギリスはEUに留まる方がいいという自らの主張と相容れなかった人々をなだめようとした。また前任のキャメロンから距離を置くため、組閣では思いきって異なる方向性を打ち出した。しかしそうした決断の中には、キャメロン前政権からメイが引き継いだ部分もあった。イギリスの国内政治のしがらみを逃れるために、あえて海外の高い賭けにも打って出るという点だ。キャメロンは保守党内の離脱派を抑えるためにEUからの離脱の是非を問う国民投票を公約するという賭けに出た。キャメロンは賭けに敗れ、大きな代償を支払った。

 世界におけるイギリスの特別な立場を守るためにも、ボリス・ジョンソンというリスクの高い選択をしたメイは、せめてキャメロンよりも運が良いことを祈ろう。

The Conversation

Brian Klaas, LSE Fellow in Comparative Politics, London School of Economics and Political Science

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

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