最新記事

欧州

欧州ホームグロウンテロの背景(4) 現代イスラム政治研究者ジル・ケペルに聞く

2016年6月18日(土)11時14分
国末憲人(朝日新聞論説委員)※アステイオン84より転載

 もっとも、テロリストらの当ては外れた。確かにイスラム教徒に対する嫌がらせや脅しは一部で起きたが、フランスを覆う流れにはならなかった。多くのイスラム教徒は、右翼よりもテロリスト側に嫌悪感を抱き、容疑者らを非難した。『シャルリー』事件の際にはまだ、テロリスト側の訴えが一部のイスラム教徒を引きつけたが、今回のテロは逆に、彼らの離反を促したのである。

「テロリストらは結局、大衆の動員に失敗した」

 今回のテロに標的がなかったわけではない。一つは「バタクラン」だ。十九世紀半ばに建てられて東洋風の奇妙な外観を持つこの劇場は、かつてユダヤ系が所有し、イスラエル支援のイベントの会場としても使われた。「ユダヤ人の施設」として、過激派らしき人物から脅迫を受けたこともある。また、襲撃を受けたカフェやレストランはいずれも、この地域に住む裕福な左派系インテリのたまり場だった。「ユダヤ人」「リベラルな知識人」は、スーリーが定めた標的通りである。ただ、『シャルリー』の時と違い、そうしたメッセージが伝わらないほど、今回は被害が大きい。犠牲者には、イスラム教徒の若者も含まれた。

 テロリストらがこのような犯行に及んだ背景を、ケペルは『ルモンド』紙のインタビューで説明した。

「『イスラム国』のフランス語圏出身者は、(伝統的なイスラム社会で育ったのでなく)比較的最近になってネット経由でイスラム文化を吸収した一群だ。それだけに、過激派以上に過激になった。野蛮な発想に陥り、長期的に活動を続けるために必要な政治的計算ができなくなった」

 テロもしょせんは、未熟な若者たちが暴力を手にした末の出来事なのだろうか。第三世代ジハードの限界は、そこにあるのかもしれない。

 テロと向き合う文明社会に必要なのは、彼らに対して恐れおののくことではない。その深淵をこちらからしっかり見つめることだ。そうしてこそ、打開の糸口が見えて来る。その闇は、意外に浅いかもしれない。

[参考文献]
Kepel, Gilles(2002), Chronique d'une guerre d'Orient, Gallimard. (池内恵訳『中東戦記――ポスト9・11時代への政治的ガイド』講談社、二〇一一年)
Kepel, Gilles(2008), Terreur et martyre, Flammarion. (丸岡高弘訳『テロと殉教――「文明の衝突」をこえて』産業図書、二〇一〇年)
Kepel, Gilles(2012), Quatre-vingt-treize, Gallimard.
Kepel, Gilles(2014), Passion française: Les voix des cités, Gallimard.
Kepel, Gilles(2015), Terreur dans l'Hexagone: Genèse du djihad français, Gallimard.
国末憲人(二〇〇五)『自爆テロリストの正体』新潮社
Lia, Brynjar(2007), Architect of Global Jihad: The Life of Al-Qaeda Strategist Abu Mus'ab Al-Suri, Hurst & Co Publishers Ltd.
Cruickshank, Paul and Mohannad Hage Ali (2007), "Abu Musab Al Suri: Architect of the New Al Qaeda", Studies in Conflict & Terrorism, Taylor & Francis Group. Available from http://www.lawandsecurity.org/portals/0/documents/abumusabalsuriarchitecto henewalqaeda.pdf

※第1回:欧州ホームグロウンテロの背景(1)
※第2回:欧州ホームグロウンテロの背景(2)
※第3回:欧州ホームグロウンテロの背景(3)


*本稿は二〇一五年一〇月二〇日に朝日新聞に掲載されたインタビューを元に大幅に加筆している。


[インタビュイー]
ジル・ケペル Gilles Kepel
1955年生まれ。パリ政治学院卒業。フランスの政治学者、専門はイスラム・アラブ世界。1994~96年米コロンビア大学などで客員教授。パリ政治学院教授としてイスラム・アラブ世界研究を率いる。著書に『イスラムの郊外――フランスにおける一宗教の誕生』(1987年)、『ジハード』(2000年)、『中東戦記――ポスト9.11時代への政治的ガイド』(2002年)、『テロと殉教』(2008年)など多数。

[執筆者]
国末憲人(朝日新聞論説委員) Norito Kunisue
1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局員、パリ支局長、GLOBE副編集長を経て論説委員(国際社説担当)、青山学院大学仏文科非常勤講師。著書に『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『イラク戦争の深淵』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)など。

※当記事は「アステイオン84」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg




『アステイオン84』
 特集「帝国の崩壊と呪縛」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国、エヌビディアが独禁法違反と指摘 調査継続

ワールド

トルコ裁判所、最大野党党首巡る判断見送り 10月に

ワールド

中国は戦時文書を「歪曲」、台湾に圧力と米国在台湾協

ビジネス

無秩序な価格競争抑制し旧式設備の秩序ある撤廃を、習
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中