最新記事

日本経済

熊本地震で消費増税延期の可能性高まる

景気対策として増税延期への期待が高まる一方、復興対策も含め歳出膨張の副作用を指摘する声も

2016年4月19日(火)10時35分

 4月18日、安倍晋三首相が熊本地震の発生を受けて、消費増税延期を決断するのではないかとの思惑が民間エコノミストの中で高まっている。写真は3月官邸で撮影(2016年 ロイター/Yuya Snino)

安倍晋三首相が熊本地震の発生を受けて、消費増税延期を決断するのではないかとの思惑が民間エコノミストの中で高まっている。ただ、復興対策も含め歳出膨張の公算が大きく、延期の副作用を指摘する声もある。一方、生産拠点の海外流出が再び活発化するリスクも意識されてきており、今回の地震は安倍政権の経済運営方針も大きく揺さぶっている。

<余震続き、経済打撃の不確実性大きく>

「今回の地震は、予想以上に大きな影響をもたらす可能性がある」──。JPモルガン証券・チーフエコノミストの菅野雅明氏は、こう警鐘を鳴らす。

その要因は、1)余震の長期化、2)インフラの破壊状況が深刻、3)企業設備の被害状況が未だに不明、4)事業再開計画を立てられない企業が多数、と多岐にわたっている。

過去の大災害時の被害額を見ると、最大は2011年の東日本大震災の17兆円。次いで1995年の阪神・淡路大震災の10兆円、04年の新潟中越地震の3兆円。今回の熊本地震の被害額がどの程度になるのか現時点では全く不明だが、17兆円規模にはならないだろうとの声が政府や民間シンクタンクの関係者から出ている。

<生産拠点の海外流出リスク>

また、過去のケースでは、鉱工業生産への影響は長期化していない。一部のシンクタンクでは4月の生産が震災がなかった場合に比べ、1%程度下押しされるとの予測を出した。

内外から注目されているサプライチェーンへの影響に関しても、東日本大震災の場合でも、1カ月後に6割、半年以内に約9割が復旧した。

だが、内実はより深刻とも言える。中長期的には海外への生産拠点の移転が相次ぎ、生産は2010年の水準に戻っていない。

市場では「11年の東日本大震災から5年しか経過していないのに、大地震が発生した日本のリスクを指摘する声が海外勢からも出ている」(国内銀行)という。今回の熊本地震をきっかけに、生産空洞化が再び加速するリスクを指摘する声がある。

停滞している企業や消費者のマインドが、地震をきっかけに冷やされるリスクもある。内閣府の景気ウオッチャー調査の結果を振り返ると、震災があるたびに同調査のDIは、判断の分かれ目となる50を割り込んできた。中越地震の際は、2カ月後の調査で「行楽意欲の減退」がDIを押し下げと分析。東日本大震災後も自粛ムードが長引いた。

<注目される安倍首相の判断>

さらに注目されるのは、安倍晋三首相の経済運営への影響だ。特に来年4月に予定している消費税増税の判断は内外の関心を呼んでいる。

安倍首相は、予定通りに実施しない場合の要件として、1)リーマンショック並みの経済悪化要因の発生、2)東日本大震災のような自然災害の発生──を挙げていた。

JPモルガンの菅野氏は、今回の熊本地震を受け「消費増税延期の条件が発生してしまった」と指摘。「経済対策の規模も、財政再建派を説得して拡大することになるだろう」と予想し、増税延期と10兆円規模の大規模経済対策の組み合わせもあり得るとみている。

ニッセイ基礎研究所・経済調査室長の斎藤太郎氏は、地震発生以前から5兆円規模の補正予算は組むと想定してきた。今回の災害復旧費用が上積みされれば、全体で10兆円超の歳出となる可能性があると見通している。

菅義偉官房長官は18日の会見で、地震発生で消費税率引き上げ時期の判断に影響があるかどうかについて「今の時点で答えるのは控える」と言明。これまで何回も言及してきた延期のための2つの条件を明示しなかった。

<景気変調、税収増シナリオにリスク>

だが、足元の景気動向に変調の兆しが見え、過去3年間のような税収増を見込めるのか、不透明感が漂ってきた。そこに消費増税の再延期が重なると、膨張する歳出を賄うだけの歳入を見込めない状況に陥るリスクが増大しかねない。

菅野氏は「不透明な世界経済、円高継続の可能性など、法人税収が昨年までのようには行かない要素がある」と予想する。

一方、安倍首相が重視する「一億総活躍社会」プランによる子育て・介護支援での追加対策は、歳出を急膨張させる要因だ。

しかし、今回の地震で企業収益が圧迫され、法人税収が伸び悩めば、歳出と歳入のギャップは拡大するばかりとなる。

実際、阪神淡路大震災の発生した1994年度は、前年度から3兆円以上の税収落ち込みとなった。

仮に消費増税が延期され、大規模な経済対策が実施された場合のリスクについて、菅野氏は「日本国債への信認低下が、海外でも話題に上るようになっている。邦銀にとって、外貨調達に支障が出る状況にもなりかねない」と述べている。

(中川泉 編集:田巻一彦)

[東京 18日 ロイター]

120x28 Reuters.gif
Copyright (C) 2016トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ軍撤退なければ、ドンバス地方を武力で完全

ビジネス

アングル:長期金利2.0%が視野、ターミナルレート

ワールド

中国、レアアース輸出ライセンス合理化に取り組んでい

ワールド

ADBと世銀、新協調融資モデルで太平洋諸島プロジェ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 3
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 4
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中