最新記事

臓器チップ

「人体」を再現した小さなチップが、医療を変える

トロント大学の研究チームが「人体チップ」を発表し、心臓と肝臓の組織を作成

2016年4月4日(月)16時00分
山路達也

人体チップ 生きた細胞が含まれる液体に浸けると、細胞は人工血管の内外にくっついて成長を始める。(Image: Tyler Irving/Boyang Zhang/Kevin Soobrian)

 医療分野で熱い注目を集めている技術に、「オーガンズ・オン・チップ」(臓器チップ)がある。

 肝臓の機能を完全に再現するには巨大な化学工場が必要・・などと言われるように人間の臓器は極めて複雑だが、ごく単純化したモデルをチップ上に再現したのが臓器チップだ。

【参考記事】新薬実験はマウスの代わりに「臓器チップ」で

 臓器チップが注目される大きな理由の1つは、新薬開発コストの高さである。1つの薬が開発され、認可されて市場に出るまでには10年以上の歳月と何百億円もの開発費がかかることも珍しくない。薬の開発過程では、動物や培養した細胞で実験が行われるが、人間の体内とまったく同じ条件を再現できるわけではないため、何度も実験を繰り返すことになるし、動物実験には倫理的な問題もある。臓器チップで人間の体内環境を再現できれば、新薬開発のコストを大幅に減らすと同時にスピードを圧倒的に上げられると期待されているのだ。

 臓器チップはハーバード大学ウィス研究所を始め、世界中の研究機関がしのぎを削っているが、そんな中トロント大学Milica Radisic教授らの研究チームは「AngioChip」を発表した。これまでの臓器チップを超えたということで、研究チームはAngioChipのことを「人体チップ」と、少しばかり大仰に表現している。

 AngioChipの特徴は、3次元構造を備えていることだ。

 生分解性・生体適合性の薄いポリマーの層を重ね、紫外線を照射して各層を接着することで、AngioChipは作られる。ポリマーの各層には50〜100μm幅の穴が開けられており、層が重ねられるとこの穴がつながって人工血管としての役割を果たす。

体内に戻して臓器の修復や置換することを目指す

 こうして作られたAngioChipを、生きた細胞が含まれる液体に浸けると、細胞は人工血管の内外にくっついて成長を始める。従来の実験装置では培養液を循環させるためにポンプが必要だったが、AngioChipではそれも必要ない。

 研究チームはAngioChipを使い、本物のように機能する心臓と肝臓の組織を作成した。作られた肝臓組織は尿素を生産することができたという。また、2つの臓器同士を接続し、複数の臓器間の相互作用も観察できた。

 Radisic教授によれば、AngioChipで組織を育て、それを患者の体内に戻して臓器の修復や置換することを目指しているとのこと。ちなみに、現段階でもAngioChipを動物の体内に埋め込むと、数カ月でチップ上の血管が動物本来の血管とつながり、ポリマーは分解されることが確認されている。

 新薬開発だけでなく、iPS細胞などと組み合わせた再生医療でも大きな進歩が期待できそうだ。

CBS NewsからOrgans on a chip-YouTube

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏、和平巡る進展に期待 28日にトラン

ワールド

前大統領に懲役10年求刑、非常戒厳後の捜査妨害など

ワールド

中国、米防衛企業20社などに制裁 台湾への武器売却

ワールド

ナジブ・マレーシア元首相、1MDB汚職事件で全25
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中