最新記事

中国共産党

中国の「反スパイ法」と中国指導部が恐れるもの

反スパイ法に定められた「中国の安全に危害を及ぼす活動」の核心は何か

2015年10月9日(金)17時59分
小原凡司(東京財団研究員)

「和平演変」 毛沢東以来、中国は西側の思想という平和的手段による侵食を恐れてきた David Gray-REUTERS

 中国国内で、複数の邦人男性がスパイ行為にかかわったとして中国の治安当局に拘束され、日本でも、中国の「反スパイ法」に注目が集まっている。今回の邦人拘束について、「『反スパイ法』を適用された可能性がある」との報道もあるが、「軍事施設周辺で大量の写真を撮影していた」のが本当だとすると、「反スパイ法」より適用が相応しい法律がある。「軍事施設保護法」だ。

 1990年に公布された「軍事施設保護法」は、軍の司令部、軍用飛行場/港湾、訓練施設等、保護の対象となる軍事施設を具体的に列記し、軍事施設において、侵入、撮影、録画、録音、観察、描画等の行為を行ってはならないとしている。2000年代前半には、「中国国防報」といった新聞が、質問に対する回答の形式で、「軍事施設周辺で写真撮影をしていた者のカメラを没収するのは、『軍事施設保護法』に照らして合法である」といった報道をしている。スパイ行為に対する、各部隊の意識が低かったことを伺わせる記事だ。

 軍事施設に対する違法な情報収集を取り締まるだけであれば、「軍事施設保護法」があれば、事足りるように思われる。では、なぜ、「反スパイ法」が必要だったのだろうか?習近平指導部が「反スパイ法」を作ったのには、二つの理由があると考えられる。

 一つ目の理由のキーワードは「法治」である。この法律が成立したのは、「法治」を主たるテーマとしたとされる党18期4中全会の直後である。この時期に成立した法律が、習近平指導部が指示する「法治」を意識したものであることは間違いない。

「反スパイ法」は、単なる刑法ではない。スパイ取締りを行う機関を示し、職員の職権を細部に至るまで具体的に規定している。これら規定では、「規定に照らして、身分証明証等を提示してから」、「活動によって損失を与えたならば、これを弁償しろ」といった表現や内容が目立つ。スパイ取り締まり活動を行う組織を管理するための法律であると言えるのだ。

 さらに、押収した財産を適切に管理しろと指示し、「一律国庫に納めろ」と具体的な意味まで示している。この表現は、スパイ取り締まりを行う組織の腐敗を戒めるものである。これら、スパイ取り締まり活動に関する具体的な規定は、曖昧な「スパイ行為」の定義とは対照的である。

軍事施設保護法では守りきれないもの

 しかし、「スパイ行為」の定義が曖昧だからと言って、「反スパイ法」が、中国国民や外国人の活動に対する監視や取り締りを緩めることを意味するものではない。2014年11月に公布された当時、この「反スパイ法」について、日本メディアは、「『法律には曖昧な部分が依然として多く含まれ、司法機関が恣意(しい)的に解釈し、体制を批判する活動家の弾圧に利用されることが心配だ』(人権派弁護士)と指摘する声もある」と報じている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国、26年投資計画発表 420億ドル規模の「二大

ワールド

ロシアの対欧州ガス輸出、パイプライン経由は今年44

ビジネス

スウェーデン中銀、26年中は政策金利を1.75%に

ビジネス

中国、来年はより積極的なマクロ政策推進へ 習主席が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 5
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 6
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 7
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 8
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 9
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中