最新記事

朝鮮半島

北朝鮮の政治標語が映し出す理想と現実

朝鮮労働党発足70周年を記念して発表された310個ものスローガンと、それを笑う人々

2015年3月6日(金)17時12分
シュアン・シム

張りぼて 見本市を視察する金正恩第1書記 KCNA-Reuters

 朝鮮労働党は党発足70周年を記念して、実に310個もの政治スローガンを発表した。党機関紙に2ページにわたって掲載されたスローガンは、英語の翻訳で7000語を超える。

「魚の養殖の嵐を全土に吹かせろ!」「将校の妻は夫の信頼できる補佐官たれ!」「キノコ栽培を科学的に集約させて産業化し、わが国をキノコの国にしよう!」など、さまざまな趣の標語が並ぶ。その大半は、子供の食生活の向上や電力の安定供給、官僚主義の簡素化など、国全体の課題に関するものだ。

 14年前に脱北して現在は韓国に暮らす男性(57)は、スローガンの愛国主義に、人々はとりたてて感動するわけではないと語る。「私たちはスローガンの雪崩に埋もれていた。忠誠心を示すために多くのスローガンを覚えたが、次第に誰の心にも響かなくなった。90年代の飢饉以降は特に無意味だった」

 温室を増やせというスローガンは何十年も前からあるが、「温室を建てるビニールも温室を温める燃料も、どこにもなかった」と、男性は振り返る。

 厳しい現実と、スローガンが描くバラ色の世界との格差を埋めるかのように、人々はひそかにスローガンを作り換える。90年の「千里の苦難が万里の幸福をもたらす」は、「千里の苦難の先に、次の千里の困難が待っている」。98年の「この先の道が危険でも、笑いながら進もう!」は、「勝手に笑いながら行けばいいが、私たちまで道連れにするのか」という具合だ。

「金日成(キム・イルソン)と金正日(キム・ジョンイル)は偉大な太陽」というスローガンは、「彼らはまさに太陽だ。近づき過ぎれば焼死して、離れ過ぎれば凍え死ぬ」。金ファミリーに接近すれば裕福になれるが、激しい怒りを買う危険もあるというわけだ。つい最近も、公式の場で金正恩(キム・ジョンウン)第1書記の隣に並ぶ場面も多かった将軍が、意見の相違を理由に処刑されている。

 勇ましい掛け声と厳し過ぎる現実の溝は、埋まりそうにない。

[2015年2月24日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:中国地方都市、財政ひっ迫で住宅購入補助金

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中