最新記事

スポーツ

悲劇を乗り越えたイギリスの新テニス王者

マレーは全英オープンを制したイギリス人というだけでなく、銃乱射事件のサバイバーだった

2013年7月23日(火)17時59分
ニコ・ハインズ

長い道のり 「誰にもわからないほどつらい体験」を克服したマレー Stefan Wermuth-Reuters

 テニスの聖地ウィンブルドンで行われた全英オープンの男子シングルス決勝で、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)を下して初優勝を飾ったアンディ・マレー(26)。自国民の大会制覇は77年ぶりとあって、イギリス中が興奮の渦に包まれ、キャメロン英首相はマレーへのナイトの称号授与まで検討している。

 マレーの優勝が人々を感動させるのは、イギリス国民の長年の悲願をかなえたからだけではないようだ。彼は17年前、通っていた小学校でイギリス史上最悪の銃乱射事件に遭遇した。危機一髪で難を逃れ、その記憶に苦しみながら頂点に上り詰めたマレーの半生は、多くのイギリス人の心を揺さぶっている。

 96年3月13日、スコットランドの小さな町ダンブレーンで小学校の体育館に銃を持った男が押し入り、5〜6歳の児童16人と教師1人を射殺した。当時8歳だったマレーは机の下に隠れて銃声を聞いていたという。彼は先月、事件について初めて取材に応じ、「どれほどつらい体験か誰にも分からないだろう」と語った。

「アンディのクラスは体育館へ向かう途中だった。次は体育の授業だったから」と、母親のジュディはBBCに語った。「私を含め何百人もの母親が、わが子の生死も分からないまま学校の門の前に列を作っていた」

 マレーがウィンブルドンで優勝すると、母ジュディは彼が幼い頃に兄と写した写真をツイッターにアップして「長い道のりでしたね」とねぎらった。写真の中の兄弟はウィンブルドンのロゴ入りTシャツを着て、小さなテニスラケットを握りしめている。

 マレーの活躍で、人口9000人足らずのダンブレーンの町はにわかに活気づいている。町民は銃乱射事件後に寄せられた寄付金で建てたコミュニティーセンターに集まり、試合を観戦。優勝後には即席パレードが通りを練り歩いた。

 イギリス全土を覆い尽くすお祝いムードは、長年の民族対立さえ吹き飛ばすかもしれない。イギリスからの独立を掲げるスコットランド民族党のアレックス・サモンド党首が、決勝戦の会場で(キャメロンの背後から)スコットランド国旗を掲げたことが一部で問題視されている。だが大半の国民は、英ガーディアン紙の記事と同じ気持ちのようだ。

「アンディ・マレーがスコットランド人かイギリス人か。そんなことはどうでもいい。彼は私たち全員の仲間だ」

[2013年7月23日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

今年の財貿易伸び1.9%に鈍化、WTO予想 イラン

ビジネス

EUのエネルギー高騰対策、一時的かつ的絞るべき=E

ビジネス

中国レアアース磁石輸出、1─2月は前年比8.2%増

ビジネス

米ガソリン小売価格、中東戦争で30%急騰 1ガロン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン革命防衛隊
特集:イラン革命防衛隊
2026年3月24日号(3/17発売)

イスラム神権国家を裏からコントロールする謎の軍隊の歴史と知られざる実力

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え時の装いが話題――「ファッション外交」に注目
  • 2
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 3
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 ──「成功」が招く自国防衛の弱体化
  • 4
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 5
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 6
    原油高騰よりも米国経済・米株市場の行方を左右する…
  • 7
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 8
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラ…
  • 9
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 10
    トランプ暴走の余波で加熱するW杯「ボイコット論」..…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 3
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が発生し既に死者も、感染源は「ナイトクラブ」
  • 4
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 5
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 6
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 7
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 8
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目の…
  • 9
    住宅建設予定地に眠っていた「大量の埋蔵金」...現在…
  • 10
    「ネタニヤフの指が6本」はなぜ死亡説につながったの…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中