最新記事

軍事戦略

米豪が手を組む冷徹な中国包囲網

2012年1月11日(水)15時45分
ラウル・ハインリックス(オーストラリア国立大学戦略防衛研究センター研究員)

 では、米軍は具体的にどんな作戦を考えているのか。米軍当局者は中国の軍事力増強に備え、インド・太平洋海域(東南アジア沖の太平洋からインド洋にかけてのエリア)を戦場とする対中作戦の計画を練っている。

 太平洋では、中国の「接近阻止・領域拒否」戦略(自国の権益にとって重要な領域への敵の接近と、その内部での自由な作戦行動を阻止する戦略)に対抗するため、宇宙を含む空・海戦力を統合的に運用する「エアシーバトル」という戦闘ドクトリンを打ち出した。

 アメリカはそれによって中国の「拒否能力」を打ち消し、西太平洋の制海権と作戦遂行能力を維持することで、自国の信頼性とアジア太平洋地域における優越的地位の強化を目指している。

 第2の理由は、インド洋における中国の「弱み」を突く戦略に関連したものだ。この戦略はさまざまな要因によって可能になる。

 まず地理的要因。中国はインド洋に面していないため、この海域では外部勢力にすぎない。また、中東産の原油をはじめとする海上貿易の多くをインド洋に依存している。さらにインド洋は米海軍の第7艦隊の守備範囲内だが、すぐ隣の海域に第5艦隊がおり、海軍力では中国が圧倒的に不利だ。

 これらの条件を総合すると、中国経済に打撃を与える作戦が浮上してくる。戦時には中国商船の航行を阻止または船舶を破壊し、平時にはそのリスクを意識させることで中国に「冒険」を思いとどまらせるアプローチだ。

「アメリカ離れ」は困る

 アメリカにとって、この戦略は第二次大戦の焼き直しだ。当時の日本がそうだったように、中国のシーレーン沿いに強力な海軍力を配置すれば、それだけで中国は周辺海域からかなりの戦力を引き離さざるを得ず、西太平洋での海軍力強化に歯止めをかけられる。

 ここでインド洋と西太平洋の間に位置するオーストラリアの存在が重要な意味を持ってくる。さらに、オーストラリアは比較的短時間で作戦準備が整う出撃拠点として、特にインド洋の西端で中国の商船に対する大規模な攻撃や航行阻止を支援することができる。

 アメリカがオーストラリアを重視する第3の理由は政治的なものだ。米政府はオーストラリアと中国の強い経済的結び付きに神経をとがらせている。さらに米当局者はオーストラリアの恵まれた地理的条件(インド洋と太平洋の両方に面し、背後に南極大陸があり、多くの島によって国土の北側を守られている)をよく認識している。

 アメリカは多くのオーストラリア人が理解していない事実に気付いている。オーストラリア政府が明確な思考を持ち、持続可能な範囲で国防予算を大胆に増額すれば、もっと独立した戦略的位置が手に入るという事実だ。つまりオーストラリアは北東アジアのパワーゲームに巻き込まれることなく、自国の安全を守ることができる。だがアメリカは、同盟国オーストラリアの離反を何としても阻止したいと考えている。

 この点で米政府は実に賢い。現在のオーストラリアの戦略的依存をフルに活用し、政治的・軍事的協力をさらに強化することで、将来の両国関係の変化を最小限にとどめたのだから。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

再送-米、ロ産石油輸入巡り対中関税課さず 欧州の行

ワールド

米中、TikTok巡り枠組み合意 首脳が19日の電

ワールド

イスラエルのガザ市攻撃「居住できなくする目的」、国

ワールド

米英、100億ドル超の経済協定発表へ トランプ氏訪
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中