最新記事

軍事戦略

米豪が手を組む冷徹な中国包囲網

海兵隊駐留を含むオーストラリアとの軍事協力拡大で中国の西太平洋進出を阻止するアメリカの巧妙な戦略

2012年1月11日(水)15時45分
ラウル・ハインリックス(オーストラリア国立大学戦略防衛研究センター研究員)

両国兵士の前で演説した後、オーストラリアのジュリア・ギラード首相(右)と手を取り合うオバマ Larry Downing-Reuters

 握手、写真撮影、両国が共有する価値観と国益、歴史を強調するスピーチ......。バラク・オバマ米大統領の先週のオーストラリア訪問は和やかなムードで進んだが、その背後に冷徹な戦略が隠されていることはつい見落としがちだ。アメリカは今回、同盟国としてより多くの負担をオーストラリア側に求めてきた。

 その手始めがオーストラリア北西部を中心とする軍事協力の強化だ。オバマ訪問時に結ばれた協定により、米軍はオーストラリア国内の基地、特に飛行場の使用や、艦船の寄港と演習について大幅な自由を認められ、海兵隊の小部隊を駐留させることになった。さらに燃料や弾薬、部品などの事前備蓄も可能になった。これで米軍は、インド洋方面への潜在的な出撃拠点の基礎をオーストラリアに築いたと言える。

 オーストラリアでは、この米軍のプレゼンス強化をアメリカの力の健在ぶりと強い決意、戦略的関与のより具体的な表明と受け止める向きが多いが、現実は違う。アメリカが急にオーストラリアへの軍事的な興味を持ちだしたのは、むしろ弱体化の表れだ。特に新しい基地へのこだわりは、中国の勢力伸長によって米軍優位の構造がほころび始めたことを示している。

 アメリカが過去10年間、軍事的敗北と国力の浪費を繰り返してきたのに対し、中国は経済、外交、軍事戦略など、ほぼすべての政策分野でアメリカの優位を突き崩すことに力を入れてきた。アメリカが目を離している隙に、中国はおとなしい子供から血気盛んな10代の若者になった。しかもまだ成長の余地を十分に残している。

 アジアの安全保障体制が変化するなかで、米政府は軍事戦略上のプレゼンスを再強化しようとしているが、潜在的ライバルに対する優位性は大きく損なわれている。

中国の弱点はインド洋

 それにしてもアメリカはなぜ、特にオーストラリアに興味を持つのか。大きな理由は3つある。

 第1の理由は軍事的なものだ。過去20年間、中国は海上、空中、陸上発射型の長距離弾道ミサイルや巡航ミサイルなど、高精度の誘導攻撃能力をかなりのレベルまで積み上げてきた。

 しかも、これらの兵器の標的は洋上の米軍艦船だけではない。日本、韓国、グアムの米軍基地も、戦争の初期段階で中国軍のミサイルによる集中攻撃を受けるリスクが高まり、もはや作戦行動の拠点として全面的な信頼は置けなくなっている。

 東南アジア諸国も中国のミサイルの射程範囲にあるため、代わりの選択肢にはならない。また、これらの国々は、中国が強硬な態度に出てくるとアメリカの支援を求めるが、中国の不興を買うのを恐れてアメリカの軍事作戦に組み込まれることには消極的だ。つまりオーストラリアに対するアメリカの関心は、より柔軟で分散型の軍事力配備を行いたいという意図の表れとみていい。

 米軍は北東アジアで作戦遂行のための時間と空間を失いつつあり、そのため米軍当局者はオーストラリアの出撃拠点をその穴埋めにしたいと考えている。さらに、中国のミサイルが届かない作戦上の安全地帯の候補とも位置付けている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CB消費者信頼感、5月は102.0 インフレ懸念

ワールド

イスラエル戦車、ラファ中心部に初到達 避難区域砲撃

ワールド

香港、国家安全条例で初の逮捕者 扇動の容疑で6人

ワールド

サウジ国王、公務に復帰 肺炎治療後初の閣議出席=報
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 2

    汎用AIが特化型モデルを不要に=サム・アルトマン氏最新インタビュー

  • 3

    プーチンの天然ガス戦略が裏目で売り先が枯渇! 欧州はロシア離れで対中輸出も採算割れと米シンクタンク

  • 4

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 5

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 6

    コンテナ船の衝突と橋の崩落から2カ月、米ボルティモ…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    TikTokやXでも拡散、テレビ局アカウントも...軍事演…

  • 9

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 10

    メキシコに巨大な「緑の渦」が出現、その正体は?

  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 5

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 6

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 7

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 8

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 9

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 10

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中