最新記事

アジア

中国の横暴で南シナ海の緊張緩和は困難に

南沙諸島の領有権ではベトナム、フィリピンも一歩も退かず、戦争を回避するには何とか中国を抑え込むしかないが

2011年7月6日(水)16時30分
ステファニー・クライネオルブラント(国際危機グループ・中国専門家)

言行不一致 中国政府は「アジアの調和」を呼びかけながら、南シナ海に巡視船を派遣して妨害行為を繰り返している Reuters

 南シナ海・南沙諸島海域の領有権をめぐり長年積もりに積もった政治対立が、ついに本物の紛争へと発展しつつある。

 石油や天然ガスの資源に富むとされるこの海域で、この1カ月というもの中国はベトナムやフィリピンなどの国々と対立を激化させてきた。この海域が時限爆弾になりかねない――今まで押さえ込まれてきたそんな緊張が、いま現実のものになろうとしている。

 一連の対立は最近になって最高潮を迎えた。5月後半、ベトナムから120キロの海上で、ベトナムの地震探査船によって設置されたケーブルが中国の巡視船によって切断された。そのたった数週間後には、中国の巡視船がベトナムの石油探査船に衝突する事件を起こした。これを受け、ベトナムと中国の双方が同海域での軍事活動を活発化。実弾演習や大規模な海上軍事演習を行い、外交上でも非難の応酬を続けた。

 反中感情の高まりから、ベトナムではデモが発生。何百人もの参加者がハノイの中国大使館前で数週間にわたり抗議の声をあげている。厳しく統制された共産党支配のベトナムにおいて、デモが黙認されるのは珍しいことだ。 

アメリカの介入を毛嫌いする中国

 緊張が高まっているのは、フィリピンでも同様だ。ここ数カ月、フィリピン漁船が中国海軍の艦船から威嚇射撃されたり中国がフィリピンの排他的経済水域に侵入するなどの事件が多発。フィリピンのベニグノ三世・アキノ大統領は中国に対する非難を強めていた。

 こうした状況からアキノは表立ってアメリカに支援を求め始めた。事実、中国に対する防衛力向上を目指すとでも言うかのように、両国は先週、海上合同軍事演習を行っている。

 中国はこうした対立をそれぞれの小国と個別で解決したがっており、アメリカが口をはさむのを毛嫌いしている。東南アジア諸国がアメリカに支援を求めるにつけ、アメリカが中国を軍事的・外交的に包囲しようとしているのではないかと、中国は懸念を強めている。

 アメリカとベトナムが、南シナ海の航行の自由を守るよう各国に呼びかける共同声明を発表したことも、中国の不安をかき立てた。これに対し、中国はたとえアメリカが支援しようとも中国は領有権問題で一歩も引かない、と東南アジア諸国に無言の圧力をかけ続けている。

 こうした対立は緊迫した現状を物語っている。各国が軍事力に訴え、相手の警告を無視して挑発的行動を繰り広げているという状況だ。同海域の領有権をめぐり、ベトナムと中国は既に1974年と1988年に戦闘を経験している。同海域に対する各国の国家主義的な感情を考えれば、これ以上の対立が起こったときにそれを鎮めるのは容易なことではないだろう。

 中国とベトナムは先週末、中国が02年にASEAN(東南アジア諸国連合)諸国と結んだ「南シナ海行動宣言(DOC)」を支持することを双方ともに確認した。DOCでは、南シナ海の領有権をめぐる問題を武力で解決してはならないと明記されている。だがその言葉は実際の行動で示さなければならない。

背景にあるのは軍拡競争

 胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席が「アジアの調和」を呼びかけ、ASEAN諸国に特使を送るなど中国政府が融和的な態度を示す一方で、中国の巡視船は相変わらずベトナムやフィリピンの石油探査船に対する妨害行為を繰り返している。これらはまさにDOCで禁じられている行動だ。事態を悪化させているのは、各国が軍艦や潜水艦を増強し、この海域で軍事力を拡大していること。激しい軍拡競争が巻き起こっているのだ。

 危険な軍事衝突に陥るのを避けたいのなら、大まかな口約束では不十分だ。DOCの原則に本当に立ち返るまでは、同海域でのパトロール活動を中止するなど言行を一致させるべきだ。特に中国は国連海洋法条約に基づいて、同海域での領有権に関する主張をもっと明確にするべきだろう。
 
 今月行われるASEAN地域フォーラムは、関係各国がDOCの実行を目指し具体的な前進を図る上でよいきっかけになりそうだ。

 南シナ海における東南アジア諸国との合同演習は拡大していくべきだ。そして対立が起こったとき、緊張を緩和するための具体的な手順について、各国が合意しておく必要があるだろう。

 これを機に、建設的な道筋をつけておいたほうがいい。さもなければ、南シナ海でのさらなる対立が本物の戦闘に発展するかもしれない。

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英中銀、政策金利据え置き 労働市場低迷とエネ価格上

ワールド

中ロ首脳が電話会談、イスラエルのイラン攻撃を非難

ビジネス

台湾中銀、政策金利据え置き 年内の利下げ示唆せず

ビジネス

ECB、政策変更なら利下げの可能性高い=仏中銀総裁
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火...世界遺産の火山がもたらした被害は?
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 6
    下品すぎる...法廷に現れた「胸元に視線集中」の過激…
  • 7
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 8
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 9
    【クイズ】「熱中症」は英語で何という?
  • 10
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未…
  • 6
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中