最新記事

共産党

偽装統計が映す中国政治の欠陥

統計の数値が政府目標に合致するのはなぜか──現場から出てくる数字がでっち上げだからだ

2010年9月3日(金)14時22分
ジョン・リー(独立研究センター研究員)

 中国を赤い資本主義に導いた鄧小平も常々「真実は事実に求めよ(実事求是)」と言っていた。7月15日、中国政府は今年第2四半期のGDP(国内総生産)成長率が前年比プラス10・3%だった、と発表した。この発表自体が、鄧小平の教えが守られていない証拠である。

 この数字は「政策的」な成長の減速が成功したことを意味する。事情通の中国アナリストたちは、既にその信憑性を疑っている。確かに怪しい。こうした数字が捏造されるプロセスをたどれば、中国の本当の姿が見えてくるかもしれない。

 ではまず出発点から。中国の統計はなぜ疑われるのか。中国の国家統計局は四半期ごとに経済成長率の発表という儀式を繰り返している。この数字の基になるのは全国各地からの報告だが、地方の当局者はわずか2週間で数字を上げてくる。データ収集の仕組みが整っている先進国でも、この3倍の期間はかかるのだが。

 国家統計局は集まってきたデータを整理し、共産党幹部に「相談」した上で、謎めいた手法を駆使して計算し、中央の指導部が設定した目標に気味の悪いほど合致した数値を発表する。

 何年かたつと、経済学者たちが地方から寄せられた資料をもう一度精査し、分析し、公式統計の数字を修正する。かなりの矛盾が発見され、非難の声が上がると、中央政府は統計処理プロセスの「構造的欠陥」に対処すると約束する。これで儀式が完結する。

 もちろん、公式発表の数字がすべて操作されたものだと言うのではない。中には正しい数字もある。だが四半期統計の儀式の内実を探れば、今の中国社会を動かす本当の力が何で、中国流「市場社会主義」の欠陥がどこにあるかを知ることができる。

 歴史を振り返れば、唐(618〜907年)の時代には国民2927人につき1人の官僚がいた。中国最後の王朝である清朝(1644〜1911年)では、299人に1人だった。

地方官僚の強大な権力

 だが、今の中国には5000万人もの官僚がいる。国民27人に1人の割合だ。これだけいれば、どんな官僚機構も人手不足を口実にはできまい。

 現代の中国は、アジアで最大の「過剰統治」国家と言えるが、同時に「最悪統治」国家でもある。初期の中央集権から地方分権へと移行し、その過程で地方官僚が増えているが、政治の透明性を高め、説明責任を強化する仕組みは構築されていない。

 中国共産党の支配力は裁判所から官僚機構、メディア、研究機関、国有企業にまで及ぶ。だが中央政府が遠く離れた地方への影響力を維持するには、地方の党幹部に頼らざるを得ない。そんな状況で、地方の党幹部や官僚に責任ある行動を期待するのは無理だ。

 別な問題もある。中国経済においては、今も国が重要な役割を担っている。国有企業には、国の資金の4分の3以上がつぎ込まれている。国は総固定資産の65%以上を所有している。言い換えれば、地方官僚には国の資金の4分の3以上の使い道を決定する権限があり、国有企業の運営にも大きな影響力を行使できる。

 彼らは資本、土地、時には労働力の分配まで支配する。中国の広大な政治・官僚ネットワークの中で地位と権力と富の階段を順調に上っていきたければ、ひたすら「結果」を出し続けるしかない。ちなみに、ここでの「結果」は各自の持ち場にある国有企業が中央政府の設定した目標をきちんと達成したことを意味する。

 こうした地方官僚の報告がベースになって、公式の統計は作られる。猛烈な経済成長であれ段階的な成長の減速であれ、地方官僚は党と中央政府の設定した目標をきっちり達成したと報告したい。それが中央に気に入られる唯一の道と承知しているからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:高級品業界が頼る中東富裕層、地政学リスク

ワールド

トランプ氏、イラン制裁解除計画を撤回 必要なら再爆

ワールド

トランプ氏、金利1%に引き下げ希望 「パウエル議長

ワールド

トランプ氏「北朝鮮問題は解決可能」、金正恩氏と良好
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急所」とは
  • 4
    富裕層が「流出する国」、中国を抜いた1位は...「金…
  • 5
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事…
  • 8
    伊藤博文を暗殺した安重根が主人公の『ハルビン』は…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    【クイズ】北大で国内初確認か...世界で最も危険な植…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 4
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 7
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 8
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 9
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 10
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中