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イラク

駐留米軍を待つ悪夢の撤退戦

占領への恨みから、「秩序ある撤退」が退却や敗走に変わる可能性もある

2009年9月9日(水)14時45分
クリストファー・ディッキー(中東総局長)

相次ぐ爆弾テロ 米軍が都市部から撤収した6月末以降、治安も悪化している(9月4日、バグダッド南のテロ現場に集まったイラク兵) Mushtaq Muhammad-Reuters

 イスラエルの著名な軍事史家マルティン・ファンクレフェルトは05年、03年のアメリカのイラク侵攻を「紀元前9年のローマ皇帝アウグストゥスによるゲルマニア遠征の失敗以来、最大の愚挙」と評した。

 年代の勘違い(正しくは紀元9年)を除けば、今も意見は変わっていないようだ。イラク駐留米軍は11年末までに撤退を完了する予定だが、ファンクレフェルトは電話インタビューに答え、駐留の最終局面は厳しいものになるだろうと予測した。「私は数年前の論文で、イラク侵攻の結末はベトナムの二の舞いになると指摘した。やや大げさな表現かもしれないが、極端な誇張ではない」

 バラク・オバマ米大統領は7月22日、イラクのヌーリ・マリキ首相とホワイトハウスで会談。米軍の撤退完了に向けて今後もイラク側と協力していくと述べた。だが米政府当局者の楽観的な見通しとは裏腹に、アメリカは重大な問題に直面している。米軍の秩序ある撤退が「退却」や「敗走」に変わらないようにするためには、どうすればいいかという問題だ。

米兵に対する敵意が露わに

 不吉な兆候は既に表れている。ブッシュ前政権が昨年結んだ米イラク地位協定に基づき、米軍は6月30日以降首都バグダッドのパトロールを指揮していない。イラク政府は米軍がバグダッドから1兵残らず出ていくかのようにほのめかし、6月30日を「国民主権の日」にすると宣言。通りには数千人規模の市民が繰り出し、占領の終了(少なくとも終わりの始まり)を祝った。

 実際には少数の米兵が残っていることを知ると、人々は不機嫌になった。イラク軍の一部も同様だ。

 バグダッドに駐留するイラク軍の旅団を率いるアリ・ファディル大佐はAP通信に対し、今後は米軍がパトロールする際、イラク側の許可が必要になると言い放った。「米兵は監獄のような兵舎にとどまっている。連中は軟禁されているようなものだ」

 この発言について記者会見で質問されたロバート・ゲーツ米国防長官は、「われわれがイラクで成功した証拠ではないか」とかわした。だがバグダッド駐留米軍のダニエル・ボルジャー地区司令官の反応は、もっと感情的なものだった。

 ワシントン・ポスト紙にリークされた電子メールの中で、ボルジャーは地位協定の文言に「翻訳上の誤りがあったらしい」と皮肉り、「イラクの政治家は嘘やごまかし、歪曲を口にしているが、われわれが目に見えない存在になるわけではないし、そうなるべきでもない」と強調した。

 さらにボルジャーは続けてこう述べた。「(イラク人の)パートナーはわれわれの燃料を使い、われわれが整備した道路を走り、われわれの金で建設した基地に住み、われわれの部品で修理した車両を動かし、われわれの結んだ契約で食料を調達している」

撤退後の治安を担うのは元ゲリラ

 だが、イラクはイラク人の国だ。少なくとも当のイラク人はこの事実を忘れていない。

 ボルジャーも7月21日のビデオ記者会見では、アメリカ人らしいナイスガイぶりを前面に押し出し、もっと慎重に言葉を選んでいた。それでもアメリカの傲慢さに対するイラク人の怒りをなだめられたかどうかは疑わしい。イラク人の根深い怒りは、相変わらずいつ爆発してもおかしくない水準にある。

「バグダッドの治安を守るイラク軍と治安部隊のおよそ3分の1」は、当面マリキ政権とアメリカに協力を誓ったスンニ派の民兵勢力「イラクの息子たち」だと、ボルジャーは指摘する。「彼らは自警団のような存在だ」

 だが部族とのつながりが強く強烈なプライドを持つ「イラクの息子たち」は、米軍の撤退完了までに離合集散を繰り返すとみられるイラク国内の政治勢力のなかでも特に危険な波乱要因だ。「彼らはもともと反政府ゲリラだ。4万~5万人の戦闘員がいれば、その一部が再び道を踏み外すのは避けられない」と、ボルジャーは言う。

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