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金融危機

傲慢アイスランドのトンデモ陰謀説

オランダやイギリスが銀行破綻の補償をめぐってアイスランドに不当な圧力をかけている──そんな陰謀説を信じるアイスランド首相の矛盾

2009年8月17日(月)18時20分
ダニエル・ドレズナー(タフツ大学フレッチャー法律外交大学院教授)

誰の責任? ネット銀行をめぐる政府の計画に抗議するアイスランド国民(8月13日、レイキャビク) Ingolfur Juliusson-Reuters

 近年のアイスランドの金融バブルとその崩壊について調べていた折、8月13日付けのフィナンシャル・タイムズ紙に掲載されたアイスランドのヨハンナ・シグルザルドッティル首相の寄稿文が私の目を引いた。首相は怒りを吐露していた。大国──例えばオランダのような国によるアイスランドの扱いについて。

 ただし彼女の見解には矛盾がある。皆さんもそれに気づくだろうか?


 破綻した銀行には国外の預金者もおり、彼らへの補償について交渉を詰めているところだが、そんななか、アイスランドは悪い知らせの裏にイギリスまたはオランダの陰謀を疑う傾向があると非難されている。

 アイスランドにそんな傾向はない。銀行破綻や通貨危機による影響、他国と同様、わが国も世界的な不況と戦っている。今年2月に政権の座に就き、5月の総選挙では過半数を獲得した私の政権は、民間銀行の破綻の余波に対処しなくてはいけない。

 フィナンシャル・タイムズは、オランダがIMF(国際通貨基金)によるアイスランドへの資金援助に反対したことを報じている。イギリスやドイツと手を組んだオランダが、アイスセイブ(アイスランドの大手銀行が展開するインターネット銀行で、イギリスとオランダで30万人以上が預金している)口座の補償に関する交渉で、自らの要求を強いるためだという。だからアイスランド議会で今議論が進められているアイスセイブ補償について合意が得られたとき、イギリスとオランダの財務省高官はかなり立場の弱い相手に交渉力を駆使していたことになる、と。

 この記事のためにアイスランド政府は議会と国民に対して、イギリスとオランダへのアイスセイブ口座の補償は避けられないと説得することが難しくなった。


 おかしいのは、オランダがIMFを利用してアイスランドへ圧力をかけたとのフィナンシャル・タイムズの記事を読むと、そうした疑念を呈しているのがほかでもないアイスランドの当局者なのだ。記事はこうも指摘している。「イギリスの見方では、アイスランドは悪い知らせの背後にはイギリスとオランダがいると考える傾向がある」

 確かにアイスランドが混乱に陥ったとき、シグルザルドッティルは首相ではなかった。その上、EU(欧州連合)の銀行規制がアメリカの銀行規制よりめちゃくちゃだったことも状況を悪化させた。オランダがアイスランドに圧力をかけたとしても驚くようなことではない。

 それでもこの混乱を注視する、アイスランド人が自分たちの責任とはほとんど感じてないようで本当に驚く。責任の所在はいつも、ヘッジファンドや格付け機関、外国の中央銀行による陰謀にあるかのようだ。

 アイスランドは不運だった。最近までOECD(経済協力開発機構)加盟国のなかでも群を抜いて無能な政治家が多かった国だ。それでもシグルザルドッティル首相の寄稿文を読めば、なぜヘンリー・キッシンジャー元米国務長官がかつてアイスランドを、他に類を見ない「最も傲慢な小国」と表現したかが分かる。

Reprinted with permission from FP, 15/8/2009. © 2009 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

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