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集団セックス殺人のふざけた裁判

検察はお粗末で弁護団は仲間割れ。さらにお行儀の悪い被告の家族まで乱入して、公判再開前からイタリア中が大騒ぎ

2009年7月16日(木)19時48分
バービー・ナドー(ローマ支局)

心証最悪 ノックスは嘘をつくし、家族は殺人現場の前で写真撮影とやりたい放題(5月8日の公判に出廷したノックス) Daniele La Monaca-Reuters

 殺人事件の裁判には守っておいたほうがいいルールがある。検察官と裁判官を敵に回さないこと。関係者はきちんとした服装で傍聴すること。被告の家族は殺害現場で写真撮影をしないこと。

 イタリア中部ペルージャで07年に起きた集団セックス殺人事件の公判が7月17日に再開する。イギリス人ルームメイトを殺害したとされる容疑者の1人でシアトル出身のアメリカ人留学生アマンダ・ノックス(22)には、殺人事件の公判に臨むための基本的なルールが分かっていないようだ。

 7月9日に獄中で誕生日を迎えたノックス。彼女を支えるためにペルージャを訪れた母親のエッダ・メラスと2人の妹ディアナ(20)とアシュリー(14)は、イタリアの女性誌『Gente』の特集に登場。陰鬱な感じで裁判所の前に立つ3人の写真や、ペルージャの街を見下ろす丘でポーズをとる姉妹の写真などが掲載されている。中には、ノックスと殺害されたイギリス人留学生メレディス・カーチャーが一緒に暮らしていた殺人現場の前で、短パン姿の2人の妹がポーズをとるショットもある。

 カーチャー家の弁護士がその写真を「ゾッとする」とコメントしたのも当然だ。だが母親のエッダ・メラスは「カメラマンのアイデアだった」と弁解する。「メレディスと彼女の家族を侮辱するつもりは一切なかった」

 とはいえ、これらの写真がイタリアで騒動を巻き起こしているのは間違いない。ノックスと彼女の支持者の言動は事件発生当時から注目されてきた。陪審員も関心を向けている。アメリカと違い、イタリアの陪審員は事件に関する報道を目にしても構わない。公判の休憩中に、陪審員や弁護士、ジャーナリストが、同じカフェでランチを取ったりコーヒーを飲むことも許されている。

法廷にホットパンツで現れた妹

 陪審員たちは法廷での出来事にもうんざりしているはずだ。セックス関連の裁判では未成年者の傍聴は禁止されているのだが、2週間前、妹のアシュリーはそれを無視して法廷に姿を見せ、退廷を命じられた。さらにアメリカの独立記念日7月4日の公判では、ディアナが(星条旗の色である)赤、白、青を彩った洋服とホットパンツ姿で傍聴席に現れた。「陪審員は証言意外のことにも注目している」と、ローマの刑事弁護士アレッサンドラ・バタッサは言う。「弁護団は被告のイメージを管理すべきだ。被告の法廷での言動だけでなく、誰が傍聴するかもだ」

 この裁判では陪審員への心証が重要になるが、検察側も弁護側もこの点で失敗している。検察側は事件を立証するために5カ月も費やしたのに、ノックスにはアリバイがないことや事件後の彼女の行動、共犯とされるラファエル・ソレチトと供述が矛盾するといった状況証拠に頼り切っている。

 検察側は、殺害現場となった家の複数の場所からカーチャーの血液とノックスのDNAが混じり合って検出されたことも証拠として挙げている。また刃にカーチャーの血液が付着していたナイフの取っ手からはノックスのDNAが検出された。弁護士のバタッサによれば、これより少ない証拠でも、イタリアの裁判所は有罪判決を言い渡すことがあるという。

 イタリアでは、特に被告の虚偽の陳述が明らかになった裁判では、状況証拠の比重が大きくなることが珍しくない。事件直後の取り調べで、ノックスは元上司だった知人のパトリック・ルムンバを犯人として名指ししたが、後に無罪が判明した。

 ソレチトの場合は、事件の起きた夜は自宅で漫画をダウンロードしていたと供述したが、彼のコンピューターにその形跡はなかった。またソレチトとノックスは、警察に午前10時まで寝ていたと主張していた。だが2人の携帯電話が事件前日の同じ時間に電源が切れ、事件後の朝6時に再び電源が入れられていたことが判明すると主張を変えた。

 さらに2人は、事件の翌朝にソレチトが警察に電話を入れたと話したが、通話記録によれば実際は警察が殺害現場に到着してから電話していたことがわかった。「嘘の供述は、確固たる証拠と同じくらい被告人のイメージを悪くする」と、ペルージャのある弁護士(匿名希望)は言う。

弁護側法医学者2人の証言が正反対

 ノックスとソレチトの弁護団はわずかな証人を呼んだだけで、今週末には弁護側の審理を終了する予定だ。弁護側は当初、35人の証人を準備していたが、証言したのは結局12人だけ。5月には弁護方針の相違から、ソレチト側の法医学顧問チーフが(5万ユーロという法外な請求書を弁護団に残して)辞めた。

 証言台に立ってくれた証人たちさえ、状況をさらに混乱させる始末だ。ソレチト側が雇った法医学者はカーチャーが背後からの一撃で死亡したと証言し、ノックス側の法医学者は正面から殺害されたと証言。法医学者2人の見解が食い違った。

 弁護団の間にも混乱が生じている。ソレチトの主任弁護士(シルビオ・ベルルスコーニ首相の政党に属する国会議員でもある)はここ数週間、法廷に姿を現していない。ほかの2人の弁護士も、この裁判が終了した後に再び手を組むことはなさそうだ。

 ただしノックスの弁護団はいくつか重要な成果を残した。彼らが召喚した法医学者は2週間前、ノックスのDNAが見つかったナイフが必ずしもカーチャーに致命傷を与えたとはいえないと証明していた。
 
 だが一方で、異議を申し立てなかった証拠や弁護が甘かったところもある。ノックスとソレチトのアリバイについて誰も証言しなかったし、2人の留学生が暮らした家のトイレに残されていたノックスのDNAが混じった被害者の血痕についても触れなかった。

 この事件に詳しい法律の専門家は、トイレの血痕がいつ付いたものか特定できず、事件より前のものの可能性があると指摘する。だがノックスは6月に証言台に立ったとき、事件の前日にはトイレに血痕はなかったと認めてしまった。つまり、血液は事件の晩のものだと認められたことになる。

 今週の17、18日の公判で弁護側がこれらの疑問を払拭しても、陪審員の印象が変わるかどうかはわからない。次の公判予定日は2カ月先の9月14日で、最終弁論が行われる予定だ(少なくとも1カ月近く続くとみられる)。判決は、事件から2年目を迎える10月の終わりごろに言い渡されることになる。

 判決が出ても、この事件の裁判はまだ終わらないだろう。検察側も弁護側も不服なら控訴すると宣言している。それまでにノックスの周りの人たちの行儀が少しでも良くなってほしいものだ。

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