最新記事

北朝鮮

北の核実験に過剰反応は逆効果

オバマ政権が北朝鮮の脅威を誇張すればするほど金正日はほくそ笑む

2009年5月29日(金)19時06分
ドナルド・グロス(米戦略国際研究センターパシフィック・フォーラム特別研究員)

瀬戸際外交 金正日を核開発に走らせるのは「恐怖」だ  Reuters

 正直言って、北朝鮮が5月25日に強行した核実験は、バラク・オバマ米大統領が言うような「世界の平和と安全保障にとって重大な脅威」ではない。脅威は実験前と何ら変わっていない。オバマのように大騒ぎするのは、状況を悪化させるだけだ。

 小学生時代を思い出してほしい。ガキ大将はいじめる対象が取り乱すと、いじめの手をさらに強める。今回の場合、北朝鮮が「ガキ大将」で、アメリカの過剰反応した言葉は、北朝鮮に君臨する見当違いの指導者を喜ばせるだけだ。アメリカが脅威を誇張すれば、北朝鮮の外交力が増し、核開発を中止させるのがさらに難しくなる。アメリカはこのガキ大将がまさに切望しているものを与えているのだ。

 北朝鮮は06年10月に初の核実験を行い、核兵器能力を証明した。当時、アメリカの情報機関は北朝鮮が6〜8個の核爆弾をつくるのに十分な核物質を保持していると推測した。ただしそれ以降は、第2次ブッシュ政権の核交渉担当者クリストファー・ヒル国務次官補の働きによって、北朝鮮の核保有量が増えることはなかった。ヒルは北朝鮮を説得し、寧辺の核施設の無能力化を約束させた。

 オバマの側近たちがこの若い大統領を「厳格で毅然たる指導者」として演出したい気持ちはわかる。しかし一筋縄ではいかない北朝鮮との交渉の末にブッシュ政権が得た教訓の1つは、北朝鮮の瀬戸際外交には静かに秘めた決意で対処することだ。これが金正日と側近たちを戸惑わせることのできる外交戦略だ。オバマ政権も試してみるべきだろう。

 北朝鮮がもたらす脅威に世界が怯えれば怯えるほど、北朝鮮の指導部を喜ばせ、さらなる外交カードを与えることになる。彼らは国内に極度の貧困を招いた自分たちの経済失策を補填する手段として核兵器を捉えている。この国の核開発政策の最大の被害者は国民だという悲しい現実だ。

 もしオバマ政権が北朝鮮と「度胸比べ」に走ったらどうなるか。アメリカが軍事行動も辞さないとちらつかせば、北朝鮮の瀬戸際外交を助長するだけだ。空爆や海上封鎖は、アメリカの「信頼」を保つための自己満足にしかならない。

 いずれにせよ、軍事力をちらつかせても効果はない。オバマは安全保障担当の顧問たちと話せば、北朝鮮の核開発を止めるために武力行使という選択肢はないと悟るだろう。それどころか、アメリカによる軍事行動は朝鮮半島で戦争を招き、米兵はいうまでもなく、韓国国民の命を危険にさらすことになる。

 ではどう対処すればいいのか。6カ国協議を再開し、2国間協議も行い、交渉による解決を目指すのが唯一にして最善の策だ。アメリカとその同盟国である日本、韓国、また中国やロシアの共通の目的である北東アジアの安定化にはこれしか方法がない。

 国連安保理で結束して北朝鮮を非難することは、間違ってはいない。しかし単に北朝鮮を孤立化させ、さらなる経済制裁を課す方向に向かえば、アメリカの目指す結果は得られないだろう。北朝鮮への圧力は、他の外交手段を伴う必要がある。(核兵器を放棄させた)北朝鮮に安全を保障し、経済の立て直しに手を貸してやることだ。

 アメリカと国際社会は金正日に核開発を思いとどまらせるために、北朝鮮の最大の武器である「恐怖」を取り除かなければならない。入念な計算と巧みな外交を通じて、彼らが求める安全と経済成長、そして国際社会からの敬意は瀬戸際外交によって得られるものではないと教えてやるのだ。そうすれば世界は北朝鮮が仕掛ける脅威を克服することができだろう。

For the FP Web site http://www.foreignpolicy.com:
Reprinted with permission from www.ForeignPolicy.com, 27/05/2009. © 2009 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米東部4州の知事、洋上風力発電事業停止の撤回求める

ワールド

24年の羽田衝突事故、運輸安全委が異例の2回目経過

ビジネス

エヌビディア、新興AI半導体が技術供与 推論分野強

ワールド

ホンジュラス大統領選、トランプ氏支持のアスフラ氏勝
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 10
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 7
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中