最新記事
追悼

米作家ピート・ハミルの死から1年、妻・青木冨貴子がつづるハミルの声と「真実」

THE PETE HAMILL WAY

2021年8月5日(木)11時30分
青木冨貴子(ニューヨーク在住ジャーナリスト・作家)

NW_PHL_02.jpg

ニューヨーク・ポスト紙編集長を解任された後の1993年3月16日、編集部で陣頭指揮を執るハミル FRED R. CONRAD ―THE NEW YORK TIMES―REDUX/AFLO

93年2月には経営危機に直面したポスト紙の再建のため、陣頭指揮を執るべく編集長になった。ポスト紙を愛することにかけては人後に落ちないピートだが、事態は深刻だった。経営に行き詰まった社主が新聞を手放したため、不動産業で知られるエイブ・ハーシュフェルドがポスト紙を買収し、編集者から記者まで70人を一挙に解雇した。

もちろん編集長であるピートもクビになったが、スタッフたちはこの暴挙に対して立ち上がった。ニューヨーク・ポスト紙は1801年に創刊されたアメリカ最古の新聞である。ポスト紙は同紙を創設した「建国の父」の1人、アレグザンダー・ハミルトンが大粒の涙を流す顔を表紙に掲げ、ハーシュフェルド批判の記事を満載した。

ピートが編集長として抵抗の陣頭に立つと、ニューヨーク・タイムズやニューヨーク・デイリー・ニューズはじめ全米各地の新聞から大きな声援が届いたが、結局、ピートは解雇され、ポスト紙は世界的なメディア王ルパート・マードックの手に渡って生き延びた。

4年後、不動産で財を成したモーティマー・ザッカーマンの依頼でデイリー・ニューズ紙の編集長に収まった。有名人のゴシップを売りものにするのでなく、質の高いタブロイド紙作りを目指したが、マードックの傘下に入ったライバルのポスト紙に対抗する方針を明確にした社主と対立。

解雇されたのは8カ月後のことだった。ニューヨークのタブロイド版両紙の編集長になったのはおそらくピートが初めてだろうが、両紙の編集長を解雇されたのもピートだけだろう。

あのときは、良質のタブロイド紙を作れば読者はついてくるという信念を持って新聞の立て直しに心血を注いだだけに、落胆も大きかった。思えば続いて起こる地方紙の衰退、消滅、デジタル化など大津波のような新聞の危機を目前に、紙媒体としての新聞を盛り上げたいという最後の抵抗をしていたようにも思える。

編集者としてのピートは記者を励まし、後輩を育て、有名無名問わず、数多くの友人を持った。ロバート(ボビー)・F・ケネディと親交を結んだのは60年後半だった。大統領選に出馬するようボビーへ手紙を書いたこともあった。

その手紙のためばかりとは思えないが、ボビーは出馬し、68年6月、ロサンゼルスのアンバサダーホテルの宴会場で多くの熱い声援を前に選挙演説をした。ボビーのキャンペーンをずっと追い掛けていたピートは、会場から奥の配膳室に入ってきたボビーが記者団やコックなどに囲まれる姿を後ずさりしながら取材していた。突然、銃声が響き渡り、ボビーが倒れた。ピートは現場で犯人を取り押さえようとした1人だった。

このときから半年間、彼は「ライターズ・ブロック」と呼ばれる状態から抜け出せなくなり、原稿が一文字も書けなくなったという。以降、政治家と友達になることは間違っていたと何度も言っていた。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは145円前半でもみあい、中東緊迫小

ワールド

中国、中部と南部で洪水警報 今年初の「赤色」

ビジネス

孫ソフトバンクG社長、米にAI拠点構想 TSMCと

ワールド

ガザ市民、命がけの食料調達 「食べ物を持ち帰るか、
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 4
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 5
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 6
    全ての生物は「光」を放っていることが判明...死ねば…
  • 7
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 8
    下品すぎる...法廷に現れた「胸元に視線集中」の過激…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中