最新記事

ウィキリークス

公電暴露で学んだこと、失ったもの

情報の共有に二の足を踏めば、かえって国の安全保障が損なわれる

2011年2月8日(火)14時29分
リチャード・ハース(米外交評議会会長)

 確かに笑える。ウィキリークスが暴露したアメリカ政府の秘密文書はゴシップの宝庫だ。イタリアの首相は「無責任なうぬぼれ屋」で、ロシアの首相は「ボス犬」タイプ、ジンバブエの大統領は「イカれた老人」......。こんな人物評に接すれば誰だってニヤッとするだろう。

しかし、笑い話で済ませてはいけない。暴露された文書をまじめに読めば、国際関係の授業に使えそうな材料がたくさん見つかるはずだ。

例えば、数年前にアメリカの外交官が中国側に、北朝鮮は弾道ミサイルの部品を民間航空機に積み、中国経由でイランに輸出していると通報していた事実。それでも中国側は何も対応しなかったとの記述もある。どうやら中国は、核兵器の拡散防止よりもイランや北朝鮮との友好関係(と、それに伴う貿易や投資)を重視しているらしい。

 ここから読み取れるのは、中国が内政重視で外交を二の次にしている事実だ。一方、中国政府内に北朝鮮との関係を見直す機運があることも分かる。

 中国は長年にわたり北朝鮮を強力に支援してきたが、その絶大な影響力を行使することには慎重な姿勢を見せてきた。しかし中国側にも北朝鮮を「駄々っ子」と呼ぶ人がいて、北朝鮮を世界平和への脅威と感じている人もいるらしい。ならば中国政府が北朝鮮を見限り、朝鮮半島統一を受け入れる日も来るのではないか。その日に備えて中国側にどんなインセンティブを与えるべきかを、米韓の当局者が検討していた形跡もある。

 ロシア政府の姿勢も、首相の「ボス犬」イメージほど強硬ではなさそうだ。バラク・オバマ大統領の誕生直後にアメリカが欧州におけるミサイル防衛計画の見直しを伝えると、ロシア側は見返りにイランへの制裁強化を受け入れたという。ここからは、外交では何事もギブ・アンド・テークだという大原則が確認できる。

 中東のアラブ諸国がイランへの警戒心を高め、イランが核兵器を手にする前に軍事行動を起こすよう、アメリカ政府に求めていることも明らかになった。中東での最大の問題はイスラエルとアラブの対立だが、アラブ対イランという対立軸も加わったことになる。

ナマ情報が誤解を生むことも

 しかし、こうした公電をうのみにすると判断を誤る危険がある。いざイランとの戦争となった場合、アラブ諸国のエリート層はアメリカを支持するかもしれないが、大衆の支持は期待しにくい。アメリカ政府としては、アラブ諸国の支持を見込んで軍事行動を起こすのは危険だ。

 パキスタンとアメリカの同盟関係の限界も明らかになった。表向きはアメリカの戦略的パートナーとされるパキスタンだが、実態はまったく異なる。パキスタンの実験用原子炉から武器転用可能な濃縮ウランを取り出すというアメリカ側の申し入れを、パキスタン側が拒否した経緯も詳細に記されている。これだけでも、いかに両国の間で共通の目標や信頼が欠けているかが分かる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏の消費者インフレ期待、総じて安定 ECB調

ビジネス

アングル:日銀利上げ、織り込み進めば株価影響は限定

ビジネス

独失業者数、11月は前月比1000人増 予想下回る

ワールド

プーチン氏、来月4─5日にインド訪問へ モディ首相
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 7
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 8
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中