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痴漢まがいの空港搭乗検査を覚悟せよ

全米の空港で全裸まがいの透視か入念なタッチ検査が義務付けられ、飛行機の利用を諦める人も出てきた

2010年12月10日(金)15時17分
ケイト・デーリー

世界的傾向 欧州でも、とくにアメリカ行きの便でセキュリティーが強化されている(写真はフランクフルト) Ralph Orlowski-Reuters

 9・11テロ以降、全米の空港で厳しくなった搭乗前の身体検査が、この10月末から一段と厳しくなった。運輸保安局(TSA)の新方針によって、全身透視装置による検査か、職員による全身タッチ検査が義務付けられた。

 当然、利用者には不評だ。放射線による健康リスクを懸念する声もあれば、ほぼ全裸に近い画像を撮影されるのはプライバシーの侵害だという指摘もある。

 ソフトウエア技術者ジョン・タイナーの訴えはさらに切実だ。性暴力の被害者である彼は、この検査をきっかけにトラウマ体験を思い出し、パニック発作を起こしかねない。「性的攻撃」だとして検査を拒否したタイナーには、1万1000ドルの罰金が科された。

 TSAは、全身透視スキャンは人体に害はなく、空の安全を守るために必要な検査だと主張している。金属探知機に引っ掛からないプラスチック爆弾や、巧妙に隠された麻薬などが見つかる可能性があるからだ。

 スキャンを拒む乗客には、保安職員が手で全身をまさぐるように検査する。今まで以上に念入りに体を探るタッチ式の検査に不快感を覚える人も多い。「こちらの了解も得ずに、いきなり股間の辺りを触られた」と、オハイオ州在住のエリン・チェースは訴える。

 性犯罪の被害者は、こうした検査に強い不安を抱き、心的外傷後ストレス障害の症状やパニック発作を招くこともある。「嫌な場面がまざまざとよみがえり、泣きだしてしまった」と、あるレイプ被害者はウェブ上で打ち明けている。

「性暴力の被害者の多くは、他人に体を触られることに抵抗感がある」と、被害者の支援団体パンドラ・プロジェクトのシャノン・ランバートは言う。パートナーや医師に触られても苦痛を感じるのだ。

スキャンが不鮮明だった人も対象に

 以前は金属探知機で異常が出た場合と無作為抽出に引っ掛かった場合のみ、タッチ式の身体検査を行っていた。しかし新方針では、全身透視を拒む人と、透視画像が不鮮明だった人までもが身体検査の対象となる。

 現在、全米の68の空港に385台のスキャナーが設置されている。性犯罪の被害者の中には、頻繁に行われるようになった身体検査を恐れて、飛行機の利用を諦める人もいる。航空会社に抗議して全米規模のボイコット運動を展開する動きもある。

 性犯罪の被害者にとって耐え難いのは身体検査だけではない。暴行されたときに「写真を撮られ、ウェブ上に流された被害者もいる」と、ランバートは指摘する。「そういう人たちにとっては(たとえ画像は消去されると言われても)撮影されること自体が耐え難い」

 保安職員が性犯罪の被害者の心情を理解すること、被害者の側もリラックス法を身に付けるなどの対策を取ることで、パニック発作を軽減できると、ランバートらは考えている。

 ただし、空港の検査では、ほかの搭乗者がイライラしながら順番を待っており、検査に不安を抱く人に心理的プレッシャーを与えかねない。「特別扱いなんか要求するな、早くしろ、飛行機に遅れるじゃないかといった雰囲気があり、(リラックス法などを)試みる余裕がない」と、セラピストのウェンディー・マルツは懸念する。

 身体検査は同性の係官を希望することもできる。しかし男性被害者の多くは、同性に襲われた体験を持つ。その場合「女性に検査してもらいたいと言えば、それはそれでまた問題になる」と、マルツは言う。

 乗客の安全のために導入された新たな検査体制も、一部の乗客にとっては心理的な脅威となる。テロと性犯罪が、地上から根絶されない限りは。

[2010年12月 8日号掲載]

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