最新記事

ポピュリズム

アメリカ高学歴エリートたたきの危うさ

中間選挙を前に、能力主義で逆境を克服し成功したオバマのようなエリートへの反発が噴出、政敵の格好の攻撃材料になっている

2010年10月13日(水)18時36分
アン・アップルボム(コラムニスト)

ムカつく オバマを見ると、特権階級に対するよりひどい劣等感を感じる人が増えている Jim Young-Reuters

 1958年、イギリスの社会学者で労働党の政治家マイケル・ヤングは、イギリスの支配階級が自らを解体し、あらゆる世襲権力を廃止し、その代わりに知能指数(IQ)に基づく「メリトクラシー(能力主義社会)」を作り出す未来を描いた(風刺小説『メリトクラシーの法則』)。

 物語の中で、学問的才能に恵まれた労働者階級の人々は喜んでエリート層の一員となる。しかし才能がない人々はエリート層に対して、かつての貴族階級に対してよりさらに激しい恨みを抱く。2034年にはこの恨みが、暴力的で大衆迎合的なポピュリスト革命を引き起こし、メリトクラシーは一掃される。

 当時からずっと、ヤングの小説はアメリカに対する警鐘だと一部の人々は受け止めてきた。72年にアメリカの社会学者ダニエル・ベルはこの物語を引用し、驚くべき先見性をもって「反エリート教育のポピュリズム(大衆迎合主義)」の台頭を予見した。しかしベルは1つだけ間違っていた。大学に対する批判が起き、それが強制的な入学者数の割り当てと教育水準の低下につながっていくと、彼は考えたのだ。ところが実際には、アメリカの大学は高い教育水準を維持しながら女子学生やマイノリティー(人種的少数派)の入学も受け入れることで、70年代に起きたポピュリスト運動の波を食い止めた。

 その結果が今、アメリカ社会の現実になっている。大統領はシングルマザーに育てられ、コロンビア大学とハーバード大学法科大学院を出たバラク・オバマ。黒人の地方公務員の娘で、プリンストン大学とハーバード大学法科大学院を出たミシェル・オバマが大統領夫人だ。そしてオバマは、親や先祖から受け継いだ財産などなく、名家の出身でもないが、ある程度の教育を受けたおかげで政府高官になった人物を何十人も登用した。

 そうした人々がこれまでワシントンにいなかった訳ではない。家事使用人と農場労働者の間に生まれ、エール大学法科大学院を卒業した最高裁判事のクラレンス・トーマスがいい例だ。

嫌われ始めたアメリカンドリーム

 かつてのWASP(アングロサクソン系でプロテスタントの白人)支配者層は、いまや脇に押しやられている(最高裁にWASPは1人もいない)。一方で、能力主義によって重用された人々が多くのアメリカ人から評価されていないことも明白だ。少なくとも、その上昇志向は歓迎されていない。

 それどころか、彼らが「エリート主義者」として人々の恨みを買っているのは不思議な話だ。一生懸命に勉強し、成果を出し、自らを向上させていく――それはアメリカンドリームではないのか? アメリカのほとんどの「エリート」大学はそれ以外の大学以上に、入学者の幅を広げようと努力してきた。それを考えたら、エリート大学出身者への反発が起きているのはとりわけ奇妙に思える。

 資金が豊富なアイビーリーグの大学の場合は特に、学費を全額給付する奨学金制度があるため、数十年前より人種や経済力の面で多様な学生が集まっている。かつては祖父が卒業生ならハーバード大学やエール大学に入学できた。最近では、祖父が卒業生なら有利なのは確かだが、それもSAT(大学進学適性試験)の成績が優秀で、アイスホッケーチームのキャプテンを務め、高校3年生の時に慈善事業のために100万ドル集めた場合だけだ(私がエール大学に入った頃は違ったが、最近は最後の項目も必須らしい)。以上3つをすべて満たし、なおかつネバダ州の崩壊家庭の出身ならもっと良い。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中