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世にも不思議なイラン核科学者拉致事件

行方不明だったイランの核科学者がワシントンに現れ、イランに帰国することに。CIAとイラン、どちらが事件の黒幕か

2010年7月15日(木)16時45分
マーク・ホーゼンボール(ワシントン支局)、マジアル・バハリ(テヘラン支局)、ラビ・ソマイヤ

拉致か亡命未遂か 4月に録画されたビデオで、CIAに拉致されてアリゾナにいると語るアミリ

 7月12日の月曜日、一時消息を絶っていたイランの核科学者がワシントンの外国大使館にタクシーで乗り付けて、母国イランへの帰国を要求した。新たなスパイ事件の幕開けだ。

 謎と矛盾に包まれたこの事件の主人公はシャハラム・アミリ(32)。昨年6月、メッカ巡礼の途中で行方不明になっていた。動画サイトのユーチューブに投稿した最初のビデオで彼は、博士号を取るためにアメリカに来たと語った。だが次のビデオではそれを取り消し、CIA(米中央情報局)に拉致されてアリゾナ州トゥーソンに連行され、イランの核開発の目的を聞き出すため拷問を受けたと言い出した。だが3番目のビデオでは、アメリカでの生活は幸せだったとまた前言を翻している。

 さらに今週月曜。ワシントンのパキスタン大使館に出頭すると(イランはアメリカと国交がないが、パキスタン大使館内に窓口を設けている)、アミリは再び話を変え、トゥーソンでCIAにひどい目に遭わされたとイラン国営テレビに話した。「誘拐するなんてアメリカは卑劣だ。私は過去14カ月間、武装した情報員に監視され大きな心理的圧力にさらされた」


大した情報はもっていない

 米政府関係者はアミリを誘拐したり虐待したという疑惑を否定する。本誌の取材でアミリの心変わりの理由も明らかになった。匿名のあるイラン政府関係者が、アミリの家族がイラン当局に脅されていたことを認めたのだ。「もしアミリが帰国しなければお前たちを殺すと脅されていた」と、本誌電子版は7月13日に伝えている。

 アミリがもつ情報の価値はそれほど高くなく、イランは大して失うものがあるわけでもないが、亡命を企てそうな他の科学者たちへの見せしめとしてアミリに圧力をかけたという。

 一方、アメリカの情報関係者は、アミリには誘拐も尋問もしていないが、イランの核開発計画について有用な情報を提供してもらったのは事実だという。ワシントン・ポスト紙によれば、アミリはかつて「テヘランのマレク・アシュタル工業大学に勤めていて、イランのイスラム体制を支える強力なイラン革命防衛隊と関係があったとみられている」。

 情報関係者によると、アミリがもたらした情報は、イランに関する「国家情報活動評価報告」07年版の改訂内容にも反映される可能性が高い(同報告書は昨年改訂される予定だったが、遅れに遅れてまだ数カ月先になると米政府関係者は言う)。ただし、それは必ずしもイランの核開発に関する米政府の見方tに決定的な影響を与えるものではない。改訂版のどの部分がアミリの情報に基づくものになるかは極秘事項だ。

スパイ流行りの昨今だが

 最近は一種のスパイ・ブームだ。1月にはドバイでイスラム原理主義組織ハマスの幹部が暗殺され、イスラエルの情報機関モサドの関与疑惑が浮上した。6月にはごく普通のアメリカ人になりすましたロシアのスパイ集団が逮捕され、ロシアで拘束されていたアメリカ人とのスパイ交換が行われたばかり。

 だがアミリに関しては、互いに矛盾する最初の2本のビデオを公開できたこと自体が、米政府機関の監視下に置かれていればあり得ないことだと、米政府関係者は主張する。同様に、パキスタン大使館にタクシーで現れることもまずなかったはずだ。「投獄され拷問されたと主張する人間にしては、アミリはやりたい放題だった」と、米政府関係者の一人は言う。

 ある米当局者が言うとおり、アミリはもはやアメリカではなく、イランの頭痛のタネになったのだ。

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