最新記事

医療保険改革

「公的保険はすばらしい」は幻想だ

2009年10月28日(水)11時37分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

 だが、メディケアが医療費を削減できていないのに、メディケアと同じモデルの公的保険にそれを期待できるはずがない。1970〜2007年の受給者一人あたりのメディケアの支出は、年に9.2%づつ増えている(民間保険会社も10.4%増で似たり寄ったりだが、それは医療機関がメディケアのマイナス分を保険会社に転化したためでもある)。

 議会は定期的にメディケアの給付対象を拡大しており、医療機関への支払額をいくら抑えても、医療費抑制には限界がある。病院や医師の間ではすでに、メディケアへの請求額を抑制されたせいで提供できる医療サービスに制限が生じているという不満の声があり、メディケア加入者を診察しないケースもある。

 エール大学のハッカーでさえ、医療機関への支払い額をメディケアのような低水準にしないかぎり、公的保険は失敗すると認めている。もし民間保険会社と同じように、公的保険が「支払い額を医療機関と直接交渉しなくてはならないとしたら」、市場に参入するのは「非常に困難」だろうと、彼は書いている。ハッカーは、そうした形で公的保険の力を弱める案には反対している。

民間の保険会社は存亡の危機に

 対照的に、特別扱いを受ける公的保険の登場は、民間の保険業界を崩壊させる可能性が高い。議会の提案のなかには公的保険加入に条件を加えているものもあるが、加入条件を緩めるべきだという圧力が圧倒的に強くなるはずだ。

 保険料の安い公的保険に65歳以下の一部の人しか入れないのはなぜかという疑問が、当然もちあがる。リューイン・グループの調査では、公的保険への加入条件が緩和された場合、民間保険加入者の半数に当たる1億300万人が公的保険に乗り換えるだろうとの試算が出た。民間保険は特別な嗜好品のような存在になるかもしれない。

 この流れに喝采を送る人も多いだろう。腹黒い保険会社を追い落とし、一元化された保険を導入しよう──。

 だが、保険会社の駆逐が目的なら、なぜその点を直接議論しないのか。医療費が高いのは保険会社のせいではない。彼らは中間業者にすぎない。医療費高騰の真の原因は、縦割りの医療体制と上限のない医療費請求システムだ。

 一元化した保険制度の下で医師と病院と患者に厳格な規制を課せば、医療費を抑制できるのか。それとも、さまざまなタイプの保険が価格と質を純粋に競い合うほうが効果があるのか。

 今すべきなのは、そうした議論だ。だが本音では、医師も病院も患者も、政府や市場から制約を課せられるなんてご免だと思っている。

 アメリカ国民は真の議論を恐れ、現状から目を背けている。議会の対応は、そうした世論をそのまま映し出している。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米経済活動、7地区で緩やかな拡大 見通しは全体に楽

ワールド

イラン、CIAに停戦協議打診か イスラエルは米に説

ワールド

ハメネイ師息子モジタバ師、後継有力候補との情報 米

ビジネス

プーチン氏、欧州向けガス供給の即時停止の可能性を示
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 2
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られる」衝撃映像にネット騒然
  • 3
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 4
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 5
    「外国人が増え、犯罪は減った」という現実もあるの…
  • 6
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 7
    戦術は進化しても戦局が動かない地獄──ロシア・ウク…
  • 8
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 9
    「イランはどこ?」2000人のアメリカ人が指差した場…
  • 10
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 9
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 10
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中