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マイケル・ジャクソン

ネバーランドを探して

Finding Neverland

正気を失っていくアメリカ純正品

 彼自身が過去にどんなトラウマ(心的外傷)を負い、その再現と克服を繰り返してきたにせよ、マイケルはその生涯を通じて、アメリカという国でロングランを続ける人種差別という名のホラー劇で主役を張り、その死のダンスを踊り続けてきた。詩人ウィリアム・カーロス・ウィリアムズが1923年に「正気を失っていく」と書いたたぐいの「アメリカ純正品」の1人だったともいえる。

 むろん、同情的な見方もある。黒人活動家のアル・シャープトンなどは、マイケルを人種を超えた偶像とたたえ、死を悼んでいる。

 白人にも人気のあるアイドルが、たまたま黒人だっただけ──そういう例はほかにもある。歌手のナット・キング・コールやサミー・デービスJr.、俳優シドニー・ポワチエ、歌手ハリー・ベラフォンテ、ソウル歌手サム・クック、ロックギタリストのジミ・ヘンドリックス、テニスのアーサー・アッシュ、バスケットボールのマイケル・ジョーダン、トーク番組司会者のオプラ・ウィンフリー、ゴルフのタイガー・ウッズ。大統領のバラク・オバマもそうだ。

 マイケルの歌って踊るスタイルは、明らかにジャッキー・ウィルソンやジェームズ・ブラウンらの黒人アーティストから受け継いだものだ。しかし、そこにはフレッド・アステアやジーン・ケリーといった白人アーティストの伝統も確かに息づいている。78年の映画『ウィズ』では、『オズの魔法使』で白人が演じたかかしの役をマイケルが演じている。

 そのカリスマ性と人気の点で、マイケルに最も近かったのはエルビス・プレスリーだろう(プレスリーの死後、その娘とマイケルは結婚し、すぐに離婚した)。人種の壁を越えたスターという点でも、プレスリーはマイケルの白人版だ。

性的にも人種的にも「中性化」

 テネシー州メンフィスのラジオ局は、プレスリーのデビュー当時、リスナーが彼を黒人と勘違いしないよう、白人だけの学校の卒業生だと注釈を加えるのが常だった。幸いマイケルはテレビ時代の申し子だから、どんなに天使のような声でも、白人と勘違いされることはなかった。

 絶頂期には年間5000万〜7500万ドルを稼いだマイケルだが、そのファンに白人が多かったのは事実。賢明なるマイケルは、その理由を十二分に承知していたはずだ。初期には、それが子供ならではの愛らしさだった。そして大人になってからは、性的存在としての男を感じさせないことが白人ファンに受ける秘訣だった。

 マイケルはエネルギッシュでカリスマ的で、才能にも恵まれていたが、性的魅力を発散するタイプではなかった。黒人アーティストには(ジョー・ターナーやJAY-Zのように)セックスアピールで白人女性をとりこにするタイプもいるが、マイケルは違った。

 マイケルは人種的にも中性化していった。縮れ毛はストレートに、唇は薄く、鼻は細くした。皮膚は病的なまでに白くなった。

 白人男性が黒人男性に抱きがちな性的な劣等感を思えば、この中性化の意図も分かるだろう。14歳の黒人少年エメット・ティルが白人女性を誘惑したとして白人に惨殺されたのは、マイケルの生まれるわずか3年前のことだ。

 マイケルが「ベンのテーマ」を歌ったのは13歳のとき。どんな計算があったにせよ、彼は自分を純真さと愛らしさの象徴へと改造しようとしていた。

 だが、そうした策略には行き過ぎがつきものだ。彼の顔はどんどん死人に近づいていった。

 作家トニ・モリスンの近著『慈悲』に、アフリカ女性が白人の奴隷商人を初めて見たときの印象を語る場面が思い出される。「病気か死んでいるのかと思った」。商人の肌があまりに白かったからだ。

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