最新記事

日本社会

失敗学の研究者が見た、日本人の「ゼロリスク」信奉

THE NEED TO END ZERO RISK THINKING

2021年9月12日(日)09時15分
中尾政之(東京大学大学院工学系研究科教授、NPO「失敗学会」副会長)

magSR20210911riskthinking-1.jpg

ISSEI KATO-REUTERS

労働災害を防ぐために「ゼロ災運動」を展開している企業も多いが、ゼロを業務目標にすると災害が起きても報告しないというズルが横行する。

タイタニック号はunsinkable(沈まない)と絶賛されたが、技術者は「最大で4水密区画で浸水しても沈没は免れる」としか言っていない。実際、氷山に衝突して6区画で浸水すると、設計どおりに沈没した。不沈神話はあり得ない。

東京五輪では、8年前の招致贈賄疑惑から、ロゴ盗用問題、新国立競技場計画の撤回、森喜朗組織委員会会長(当時)の女性蔑視発言、開会式直前の演出担当者辞任まで多くの失敗が目についた。でも、これらはマスコミが調査して責任を追及し、失敗を「なかったこと」として看過・隠匿したわけではない。

こうした失敗は「よくある」失敗である。過去の類似の失敗もデータ集(例えば筆者の『失敗百選』)から簡単に検索でき、優秀なブレーン(今なら自然言語を分析できるAIでもよい)がいれば事前に予想できる。

「失敗学」では滑った、転んだ、忘れた、遅れたの類を「つい、うっかり」の失敗と呼ぶが、従業員がそれで失敗しても会社は倒産しない。

一方で、想定外で発生確率は低いが、起きたら致命的になるという「まさか」の失敗もある。東日本大震災の巨大津波で誘発された福島第一原発事故がこの典型例だ。東京五輪開催で誘発された医療崩壊も、典型例になる可能性が高かった。

もしも有観客の会場でクラスターが生じ、家族感染で広がり、関東一円の感染者が一時期のニューヨーク並みに1日当たり約2万人で重症病床が満床になったら、政府転覆の暴動が起きていたかもしれない。ただ今回はそこまで深刻なレベルに至っていない。

自分の論理で判断すること

「まさか」の失敗は類似事例が過去のデータにないので、グーグル検索でなく、自分の脳で事故のシナリオを想定しないとならない。福島原発では「外部電源が30分以上喪失することはないと国が決めたから」と言い訳して、30分後のシナリオを事前に想定しておらず、この思考停止が損失を拡大した。

これから日本は五輪の経験を生かして、何を変革していけばよいのだろうか? まずは、自分の脳の中にチャンスとリスクの秤を用意して、自分の論理で判断することが大事だろう。

くれぐれもワイドショーであおられた話を簡単に信用して、リスクを過大評価してはいけない。また、議論した後で面倒になり、「何も変えない」という不作為を選ぶこともやめるべきである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

タイ政府が大型建設を一時停止、クレーン落下の死亡事

ビジネス

ポピュリズムに毅然と対応を、英中銀総裁表明 経済リ

ビジネス

ポルシェの25年販売、10%減 中国需要の低迷響く

ワールド

ブルガリア大統領、総選挙実施を発表 組閣行き詰まる
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑について野次られ「中指を立てる」!
  • 3
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試掘の重要性 日本発の希少資源採取技術は他にも
  • 4
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 5
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 6
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 7
    イランの大規模デモ弾圧を可能にした中国の監視技術─…
  • 8
    日中関係悪化は日本の経済、企業にどれほどの影響を…
  • 9
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 10
    「ひどすぎる...」滑走路にペットを「放置」か、乗客…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 4
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 5
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世…
  • 6
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 7
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 8
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 9
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 10
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中