最新記事
日本社会

今や満員電車でリュックを前に抱えるのは「マナー違反」 鉄道各社「荷物は手に持って」、その狙いは?

2023年4月10日(月)17時00分
枝久保 達也(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家) *PRESIDENT Onlineからの転載

肩から下ろすなら、足元に置くしかない?

利用の回復に伴い2022年の迷惑行為ランキング(総合)では「荷物の持ち方・置き方」が5ポイント増の24.0%で4位に浮上。さらに地域別に見ると、関東9社ではトップ5に入らなかったのに対し、関西5社は1位となったのである。コロナ以降の輸送状況が東西で異なる傾向を示す中で、手荷物マナーにも温度差が生じているようだ。

関西が混雑に敏感なのは、関東の通勤電車がほとんど4ドア車なのに対し、関西では3ドア車が主流なことも関係しているかもしれない。ドアが少ないと乗客がドア付近に滞留し、混雑に偏りが生じる傾向がある。平均混雑率では関東を下回っているが、局所的にはトラブルになりやすい環境かもしれない。

これらをふまえ、新たなキャンペーンの実効性を考えてみると、実はリュックとの相性が悪い部分があるように思える。リュックの利点は、前述のように空いた両手でスマホが使える点、肩で背負えるため重い荷物を持ち運んでも疲れないという点が挙げられる。

だがリュックを前に抱えれば両手は自由に使えるが、手に持ってはそのメリットがなくなってしまう。また背負う前提の荷物を手で持つのは楽ではない。リュックを肩から下ろすよう求められれば、多くの人は足元に置くことだろう。

手に持つ行為はあくまで「気配り」のひとつ

混雑した列車の足元、つまり死角に荷物があったら、乗降時など人が出入りする際につまずいて転倒するリスクがある。それだけに関西各社、東京メトロともに荷物は「手に持って」と強調している。

重い荷物は網棚に置くのが望ましいのだが、混雑した車内で着席する乗客の頭上に載せるのは容易ではないし、気を使う。また筆者もそのひとりだが、忘れ物や盗難などへの不安から網棚を使いたがらない人が増えているそうだ。

結局、問題の本質は「気配り」である。「手に持つ」も「前に抱える」も選択肢のひとつでしかなく、何が「適切」かということは、周囲の状況に応じて変化する。

これまで見てきたように、手荷物マナーは混雑と深い関係にある。しばらく下車しないのであれば、混雑したドア付近にとどまるのではなく、比較的すいた通路の奥まで入るほうが望ましい。それだけで荷物の持ち方は変わってくるはずだ。

新キャンペーンはより広い人に、より本質的なメッセージを訴求するために表現を変更した。「手に持つ」ことの是非ばかりが注目されては、「前に抱える」の繰り返しでしかない。車内は利用者だけでなく付随する荷物も空間を占有している。そこに気付き、意識する人が増えるだけで車内環境は変わるはずだ。

枝久保 達也(えだくぼ・たつや)

鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
presidentonline.jpg




あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:軍事費拡充急ぐ欧州、「聖域」の軍隊年金負

ワールド

パキスタン、インドに対する軍事作戦開始と発表

ワールド

アングル:ロス山火事、鎮圧後にくすぶる「鉛汚染」の

ワールド

トランプ氏、貿易協定後も「10%関税維持」 条件提
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 2
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノーパンツルックで美脚解放も「普段着」「手抜き」と酷評
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    教皇選挙(コンクラーベ)で注目...「漁師の指輪」と…
  • 5
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 6
    恥ずかしい失敗...「とんでもない服の着方」で外出し…
  • 7
    骨は本物かニセモノか?...探検家コロンブスの「遺骨…
  • 8
    「股間に顔」BLACKPINKリサ、ノーパンツルックで妖艶…
  • 9
    「金ぴか時代」の王を目指すトランプの下、ホワイト…
  • 10
    ついに発見! シルクロードを結んだ「天空の都市」..…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 9
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノー…
  • 10
    野球ボールより大きい...中国の病院を訪れた女性、「…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中