悪癖の原因は「意志の弱さ」ではない──脳の仕組みを知って悪習慣ループを脱出せよ

HOW TO BREAK THE HABIT LOOP

2023年3月23日(木)11時40分
アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)

230314p18_ASK_02.jpg

ILLUSTARTION BY MALTE MUELLERーFSTOP/GETTY IMAGES

1890年の古典的名著『心理学原理』でウィリアム・ジェームズが提唱した仮説は、130年以上過ぎた今も習慣に関する研究の核心にある。ひとたび習慣が形成されると、「何らかの観念や知覚」というキューが1つでもあれば無意識の命令が発せられ、本人は自覚しないまま「一連の」行動が自動的に始まるという仮説だ。

脳は複数の複雑な行動をひとまとめにして自動的に行える「習慣」を形成する、とジェームズは考えた。実際、私たちは職場から車で自宅に帰る道筋でどんなハンドル操作をしたかを、ほとんど覚えていない。意識レベルでは別なこと(夕食のメニューとか)を考えているが、それでも道を間違えたりはしない。

「無意識の学習」の場所

画像診断の技術や脳神経科学の知見により、今では習慣付けという特殊な学習のプロセスをリアルタイムで、かつ高い精度で観察できる。もちろん、それがどこで起きるかも分かっている。

普通の、つまり意識的な記憶は脳内の海馬と呼ばれる部分に保存される。しかし私たちには「暗黙の学習」や「暗黙の記憶」の能力もあり、そこで覚えたことは大脳基底核(脳内でも原初的な部分で、海馬に隣接している)に保存される。

特に意識しなくても食べ物をかめるのも、気軽に自転車に乗れるのも、この大脳基底核のおかげだ。それは本能的な「瞬間思考」に関与する部位でもあり、危険を知らせる知覚的情報が来ると素早く反応する。生き延びるために、進化の過程で人や動物が身に付けたツールだ。

この大脳基底核に、無意識の習慣は保存されている。動物や人が習慣的な行動をする際に大脳基底核が活性化する様子は、画像診断装置で確認できる。

身に付いた習慣は無意識のうちに反復されるが、新しい習慣づくりには意識的な思考の関与が必要だ。普段は気軽に自転車を乗り回している人も、いつどこで乗り方を覚えたかは(おぼろげながら)記憶しているものだ。どんな習慣も、それが身に付くまでには意識(意志)が関与している。人が自分の意志(新年の誓いなど)で習慣を変えられると思いがちなのは、そういう関与の記憶がどこかに残っているからだろう。

MRIなどを使った観察研究により、習慣形成の初期段階(意識的な学習)では、脳の前頭前野にある意識的実行の制御システムが活性化されることが知られている。

オレゴン大学トランスレーショナル神経科学センターのエリオット・バークマン教授(心理学)によれば、誰でも初めて自転車に乗るとき(あるいは初めてたばこを吸うとき)は注意力を高めている。だから意識的思考や複雑な推論に関わる脳の領域が活発に働くわけだ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国の8月粗鋼生産、3カ月連続減 大気汚染対策と季

ビジネス

米グーグル、68億ドルの対英投資発表 トランプ大統

ワールド

米政権高官、カーク氏殺害受け左派団体批判 解体など

ワールド

ドイツの極右AfD、地方選で躍進 得票率3倍に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中