最新記事

0歳からの教育

乳幼児期の音楽体験が言語習得を助ける

Music and Language Acquisition

2022年1月19日(水)19時00分
クリスティーナ・チャオ(ワシントン大学助教)
赤ちゃんと音楽

赤ちゃんの音楽訓練は脳の音への反応を高め、言語能力を促進する可能性がある OKSUN70/ISTOCK

<音を聞き分け拍子を取ることで発話スキルも向上する>

言語と音楽はよく似ている。中国出身で、9歳のときにピアノ、12歳で英語を習い始めた筆者がそう気付いたのは大学時代のことだ。

言語も音楽もリズムが不可欠で、それなしでは成り立たない。どちらも音節と拍という、より小さな単位によって構成されている。習得のプロセスも驚くほど共通していて、正確な動きや反復練習、集中的注意が必要だ。さらに、周囲の音楽仲間は語学がとりわけ得意なことにも気が付いた。

その結果、ある疑問が生まれた。音楽は音符に限らず、音そのものを捉える脳の働きに作用するのか。そうであれば、音楽を習うことは言語の習得に役立つのか──。

7歳未満の幼少期に音楽の訓練を受けると、幅広い効果を得られる可能性がある。2年間、週計4時間の音楽クラスに参加した学齢期(6~8歳)の児童は、1年遅く音楽を始めた同年齢の子供と比べて、脳がより敏感に子音に反応する。言語に使用される音声である「言語音」を聞き取る能力が、音楽体験によって伸びることを示唆する例だ。

でも、まだしゃべらない赤ちゃんの場合は? こんなに幼い時期に受けた音楽訓練で、言語習得プロセスを促進できるのだろうか。

誕生後の1年間は、一生のうちで言語音の習得に最適の時期だ。だが、音楽体験が言語学習に与える効果はまだ研究されていない。

問いに答えを出すことを目指して、筆者は幼児言語教育の専門家であるワシントン大学のパトリシア・クール教授(言語聴覚学)と研究に乗り出した。具体的なテーマは、生後9カ月での音楽体験が言語習得の助けになるか、だ。

乳児が言語音を習得する上で、生後9カ月はピーク期の一環だ。赤ちゃんはこの時期に、周囲で耳にするさまざまな言語音の違いに注意を払うことを学ぶ。

言語音を区別する能力は、その後に訪れる発話行為の習得のカギだ。生後9カ月でよりよく聞き分ける力が、2歳半になってより多くの単語を発することにつながる。

社会・情緒的発達も促す

研究では生後9カ月の乳児47人を「音楽群」と「対照群」に無作為に分け、グループごとに設計された15分間のアクティビティーを計12回実施した。

音楽群の赤ちゃんは、複雑なリズムを学ぶ力を促すことを目的に、親と一緒に音楽に合わせて拍子をたたくアクティビティーを行った。一方、対照群の赤ちゃんは音楽なしで、おもちゃの車やブロックを使って体の各機能を一緒に動かす協調運動が必要な遊びを行った。

12回のセッションが終わった後で、音楽リズムと言語音リズムに対する赤ちゃんの脳の反応を、脳の磁場変化のイメージング技術である脳磁図(MEG)を用いて計測した。

計測に当たっては、赤ちゃんに新たな音楽や言語音をリズミカルに連続させた形で聞かせたが、音楽のほうでは時々1拍飛ばしてリズムを乱した。これは、脳がどれほどリズムに敏感になっているかを測定する上で役立つ。予期しない変化を察知すると、脳は特定の反応パターンを示す。より大きな反応は、よりよくリズムを追っていることを意味する。

音楽群の赤ちゃんは対照群と比べて、音楽と言語音の両方により強い反応を見せた。早くも生後9カ月の時点で、音楽体験が音楽・言語リズムの処理能力を高めている証拠だ。こうしたスキルは発話の習得の重要な要素になる。

音楽体験によって、社会・情緒的発達が促進される可能性もある。

イスラエルでの先行研究によると、初対面の8~9歳児が2人1組で短時間、一緒に拍子をたたくアクティビティーをしたところ、互いへの親近感が増した。カナダで行われた別の研究では、大人と一緒にリズミカルに飛び跳ねて遊んだ1歳2カ月の幼児は、相手の大人を手助けしようとする傾向が強まったという。

乳幼児期の発達に音楽体験がもたらす効果について研究が進むなかで、まだ答えが出ていない問いはほかにも数多くある。

例えば、音楽体験は社会関係の枠組みの中で行われるべきか。効果を得るには、音楽を聞くだけでいいのか。言語習得能力の向上効果を維持するには、長期的にどれほどの音楽体験が必要になるのか。

音楽は、人間が人間であるために欠かせない要素だ。何千年も前から人類の文化に存在し、人々が絆を結び合う方法の中で最も楽しく、最も強力なものの1つだ。音楽体験が赤ちゃんの脳の発達や言語学習に与える影響は、今後の科学的研究によってさらにはっきりするに違いない。

The Conversation

Christina Zhao, Postdoctoral Fellow, University of Washington

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


0sai_2022_mook_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

ニューズウィーク日本版SPECIAL ISSUE「0歳からの教育2022」が好評発売中。3歳までにすべきこと、できること。発達のメカニズム、心と体、能力の伸ばし方を科学で読み解きます


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、次期5カ年計画で銅・アルミナの生産能力抑制へ

ワールド

ミャンマー、総選挙第3段階は来年1月25日 国営メ

ビジネス

中国、ハードテクノロジー投資のVCファンド設立=国

ワールド

金・銀が最高値、地政学リスクや米利下げ観測で プラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 10
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中