映画『アイム・スティル・ヒア』が描く軍事独裁政権下のリアルな生活――抵抗と順応の狭間で揺れる「普通」の日常
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平凡で幸せな暮らしを送っていた一家だが、ルーベンスが連行され、エウニセと娘も尋問を受けることになり── ©2024 VIDEOFILMES / RT FEATURES / GLOBOPLAY / CONSPIRAÇÃO / MACT PRODUCTIONS / ARTE FRANCE CINÉMA
<米アカデミー賞・国際長編映画賞、ヴェネチア国際映画祭・最優秀脚本賞を受賞した『アイム・スティル・ヒア』は、抑圧的な社会に対する果敢な抵抗と悲しい順応の狭間で生きる人々を描く>
ブラジル出身の映画監督、ウォルター・サレスの最新作で、アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した『I'm Still Here(アイム・スティル・ヒア)』では冒頭、タイトルに続いて「1970年リオデジャネイロ 軍事政権時代」という文字がスクリーンに映し出される。この説明を見逃せば、描かれているのが軍事独裁政権下の生活だとはとても思えないだろう。
エウニセ・パイヴァ(フェルナンダ・トーレス)はゆったりと海水浴を楽しみ、彼女の子供たちは砂浜で遊んだり、拾った犬を父ルーベンス(セルトン・メロ)にばれないように家に連れ帰ろうとしている。クーデターにより軍が政権を奪取してから6年がたつとは思えない暮らしが、そこにはある。何もかもがとても普通なのだ。
だがその後しばらくして、パイヴァ家の人々の生活を大きく変える事件が起こる。ある日、銃を持った男たちが家にやって来て、ルーベンスを「事情聴取」のために連れ去ったのだ。
映画の原作はルーベンスの息子、マルセロ・ルーベンス・パイヴァが書いた回想録。ルーベンスはブラジルの元国会議員で、軍事政権に連行され行方不明になった人々の象徴として、国際的に知られた人物だ。
だが物語は歴史のレンズを通してではなく、ルーベンスの妻エウニセを中心に描かれる。夫は帰らず、小学生から大学生まで5人の子供を抱えたエウニセは、子供たちにどこまで話をすべきなのか、自分は子供たちをうまく守れているだろうかと日々悩む。