映画『アイム・スティル・ヒア』が描く軍事独裁政権下のリアルな生活――抵抗と順応の狭間で揺れる「普通」の日常
An Urgent Warning
独裁社会のリアルを描写
ブラジルの軍事独裁政権下では国家により数万人もの人々が拷問を受け、何百人もの人々が殺された。だがそんな時代においてさえ、ルーベンスが連行されるまで、パイヴァ家の人々はありふれた普通の生活を送ることができた。
ルーベンスは腹の出てきた中年のパパで、土木技師として働いており、愛嬌たっぷりのダンスを娘たちと踊ったりする。エウニセはお客を家に招くのが好きで、見事に焼き上がったスフレを褒められては気をよくしている。
銃を持った男たちが家にやって来るまではルーベンスのかつての政治活動や、一時は政治亡命を余儀なくされていたという過去は語られない。ルーベンスが反体制派と関わりを持っていたことが分かるのはさらに後の場面だ。
アメリカで第1期トランプ政権が始まる少し前に政治学者トマス・ペピンスキーは、抑圧的な政権下でも日常生活はごく普通に感じられるものだと書いた。「出勤し、ランチを食べ、家族の待つ家に帰る。学校も会社もあって、努力や運のおかげで『いい成績を収める』人がそれなりにいる。多くの人々は子供たちをいい学校に入れることに心を砕く」