最新記事
日本史

教科書に書かれていない「信長が長篠の戦いで武田勝頼に勝った本当の理由」 最新研究が明かす武田軍と織田軍の決定的な違い

2023年6月20日(火)19時00分
平山 優(歴史学者) *PRESIDENT Onlineからの転載

akiyoko - shutterstock


天正3年(1575年)、進撃を続け領土を最大に広げていた武田勝頼は、長篠の合戦で織田信長・徳川家康連合軍に破れる。歴史学者の平山優さんは「歴史の教科書にも、先見性に富む軍事の天才である信長が、勝頼の騎馬軍を鉄砲の威力で倒したと書かれているが、勝頼も鉄砲を大量に用意し、装備率は織田軍と変わらなかったことがわかってきている」という――。

※本稿は、平山優『武田三代』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

武田騎馬隊の「旧戦法」対信長の「新戦法」という通説

長篠合戦とは、いったいどのような意義がある戦いだったのだろうか。このような問いをわざわざ立てたのは、今も、歴史教育の分野で、長篠合戦は教科書において「(信長は)三河の長篠合戦で多くの鉄砲隊を使って武田氏の騎馬軍団を破った」(『改訂版高校日本史・日本史Β』山川出版社)と記され、それは、鉄砲3000挺を揃え、その連射(いわゆる「三段撃ち」)により、騎馬攻撃という旧来の戦法を撃破したという構図で語られているからである。

そこには、先見性に富む軍事的天才織田信長が、保守的な武田勝頼の軍勢(兵農未分離で後進的な武田軍)に対し勝利した、という暗黙の理解が横たわっているといえるだろう。

だが、この10年ほどで、織田権力や戦国大名の軍隊編成に関する研究は飛躍的に進んだ。その結果、兵農分離という概念そのものが再検討を余儀なくされ始めている。織田も、武田も、在村被官の動員という点において違いはないどころか、そもそも兵農分離の実証研究が存在しておらず、イメージ先行という異常さなのである。

武田軍は信長をしのぐほど鉄砲を重視し導入していた

また、保守的な武田という点で言えば、武田氏が鉄砲を軽視していたということ自体が、事実に反することも明確になっている。武田氏は、天文24(1555)年の第二次川中島合戦で、300挺からなる鉄砲衆を投入している。そして、鉄砲の動員に関する、武田側の史料は、織田信長のそれを遙かに凌ぎ、その大量導入に躍起になっていたことがわかっているのだ。

これまで、武田氏の鉄砲装備については、信玄・勝頼が、家臣や国衆に発給した軍役定書の記述に全面的に依拠して論じられていた。武田氏は、家臣や国衆の知行貫高に応じて、騎馬、長柄(槍)、鉄砲、弓などを賦課していた。この中で、鉄砲と弓は、およそ軍役人数の10%程度だったことが指摘されている。

これを念頭に鉄砲装備の割合を考えてみよう。織田・徳川連合軍の兵力は、長篠合戦時、3万5000余人だったといわれる。これを事実とするならば、鉄砲数は3000挺、この他に酒井忠次らの別動隊に預けた鉄砲は500挺とされている。そうすると、鉄砲数は3500挺となり、装備率は10%となり、武田氏の軍役定書から導き出される数値と同じである。分母こそ異なるが、武田と織田は割合でみるとほぼ同率なのだ。武田軍も、約1000〜1500挺は保持していた計算になる。

座談会
「アフリカでビジネスをする」の理想と現実...国際協力銀行(JBIC)若手職員が語る体験談
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米フェデックス、6─8月期利益が予想上回る コスト

ワールド

米下院議員、中国の希土類規制解除なければ航空機発着

ワールド

高市氏、午後2時半から自民総裁選政策で記者会見

ワールド

プーチン氏、コザク大統領府副長官を解任 長年の側近
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中