最新記事

音楽

成熟し、進化を遂げるサウンド──夜更けが似合うアークティック・モンキーズの新アルバム

Another Change in Direction

2022年12月2日(金)12時44分
デービッド・チウ


「長年吸収してきた音楽が、アルバム作りに影響しているのかもしれない。影響といってもメンバーと『よし、これに似た曲を作ろう』と話し合って決めるのではなく、もっとさりげない形で入り込んだもの。捉えどころのない影響とでもいうのかな」

『トランクイリティ』は月面のホテルを舞台とするSF風のコンセプトアルバムだったが、『ザ・カー』のミステリアスな歌詞に一貫したテーマは見られない。

ターナーは「全編を貫くテーマや感触はあると思うが、それは歌詞に限った話ではないんだ」と説明する。

「むしろ言葉は一旦無視して、音の感じに意識を集中したほうが、テーマはつかみやすい。歌詞は時として、音に追随するものだから。今回は1曲目の冒頭のインストゥルメンタルを、最初に書いた。残りの歌詞と曲は全部その後で作ったから、イントロが喚起するイメージが全体に波及していると思う。10曲を脈絡なく並べただけだと言うつもりはないが、これがアルバムのテーマだと一言で説明することはできない」

第1弾シングルの「ゼアド・ベター・ビー・ア・ミラーボール」は、ゴージャスなストリングスとピアノの中に物憂い雰囲気が漂う。ターナーが切なく歌うのは、謎めいた男のつぶやきだ(「車の所まで送ってくれるなら、僕の沈んだ気持ちを察してほしい/そこには絶対にミラーボールが欲しい」)。

「この歌詞の先には、明らかに別れが待っている」と、彼は解説する。

「別れの予感がする場面にいきなりミラーボールが登場するわけだが、僕の頭の中ではあまり違和感がない。ミラーボールはショーの幕引きとか、そうした終わりの象徴なのかも。誰かのスーツケースを車まで運んでいくと急に照明が替わってミラーボールが回転する様子が、歌詞を書いていて脳裏に浮かんだんだ」

「ミスター・シュワルツ」は美しいアコースティックギターのピッキングで始まる。映画の撮影中の一場面を思わせる歌詞は、アルバム全体の映画のような雰囲気にはまっている。

「制作の舞台裏をのぞいているような感覚だ」と、ターナーは言う。

「この曲だけではない......全ての曲を通じて、1つの作品の制作が進行しているような感覚を味わえる。どこかにクリップボードを持った人がいて、そう離れていないところで誰かがはしごに足をかけている。ミスター・シュワルツのような人は、僕の現実の生活に確かに存在していて、でも曲の登場人物として受け入れられている」

先行シングル第2弾の「ボディ・ペイント」は、収録曲の中で最も大胆かもしれない。豪華なオーケストラ風の演奏からエレキギターが炸裂する瞬間があり、ターナーのボーカルは、70年代にソウルに傾倒していた頃のボウイを彷彿させる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮が戦略巡航ミサイル、「超大型弾頭」試験 国営

ビジネス

利上げの可能性、物価上昇継続なら「非常に高い」=日

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中