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咀嚼し、言語化し、言葉を選りすぐる──言葉のプロが「若」と慕う、羽生結弦の発信力

2022年11月11日(金)08時02分
緒方健二(短大生・元朝日新聞編集委員)


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「なんぴとたりともおれの挑戦にいちゃもんはつけさせねえ」。逆立つ髪、固く結んだ口、力みなぎる眉と目が、さような胸の内の咆哮を伝えてくれます。(緒方氏談)『羽生結弦 アマチュア時代 全記録』276頁より ⓒ時事

若たる所以──選び抜かれた言葉の力と、他者への気遣い

当方が羽生さんを『若』と呼び、かくも敬慕している理由に、その思慮深いお言葉と、お人柄がございます。魅了された言葉は山ほどあります。

総じて言えるのは、羽生さんが言葉の力を深く、深く信じて頼りにされているということです。長く言葉を仕事の道具として使い、それなりに悩んで練ってひねって考えてきたつもりの当方です。ご自身が考えていること、メッセージとして広げたいことをできるだけたくさんの人に正確に伝えるため、選び抜いた言葉をかみ砕いて語っていることが僭越ながらわかるのです。

ご自身もつらい経験をされた2011年の東日本大震災や、障害のある近所の人への思いを語る内容には、心震わされ、涙腺を緩ませてきました。請われて語った子どもたちへのメッセージもまた然りです。

想像でしかありません。しかしながら、体験を繰り返しご自身の中で咀嚼し、言語化し、発信する際には豊饒なる語彙群の中から最もふさわしいと判断した言葉を選りすぐる──。そうした気の遠くなるような膨大な作業を、競技だけでなく、発信においてもおやりになっていると拝察します。

もうひとつは周りの人たちや物への配慮、気遣いです。さまざまな映像を拝見していて気づきました。間違っていたらごめんなさい。スケートリンクの表面にそっと手を置くのは「よろしく」「ありがとう」と感謝を伝えているかのよう。そして、演技を終えて通路を歩いている時には、運営を担う人たちひとりひとりに会釈をしている、ように見えます。

おそらくリンクの氷を整えたり、照明を担ったりする人たちにも同じように接しておられるのではないでしょうか。「自分やほかのアスリートが全力を出して演技ができるようにしてくださってありがとう」との思いを込めて。

当方は、恥も外聞もなく、己よりずっと年若である羽生さんのこうした振る舞いを見習ってきました。

古巣では、主催行事の高校野球や吹奏楽コンクールで挨拶する機会が数多ありました。主役の選手や部員へのねぎらいだけではなく、運営に携わってくださる方々(炎天下で試合途中にグラウンドにトンボをかけてくれる人、演奏者の交代の度にステージの楽器を片付け、新たに並べる女子高校生の皆様など)の役割に触れながら感謝をお伝えしたいと考えてきました。羽生さんのように心持ちが通じたかどうか自信はありません。

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