「藝大からマンガ家」の『ブルーピリオド』作者と「絵で食べていく」完売画家が語った美術業界の今

2021年12月28日(火)11時30分
朴順梨(ライター)

nakajima_yamaguchi_20211228-2.jpg

450万部以上のヒット作となっている『ブルーピリオド』1~11巻 Newsweek Japan

山口 アメフトから美大を目指すのって、実技どうしようとか思いませんでした?

中島 私立の武蔵野美術大学や多摩美術大学は学科があって、これらには実技と違って明確に正解がある。当時は学科で満点取れれば、実技が6割で合格でした。実技6割って誰でも取れますよ。

山口 誰でもじゃないですよ(笑)。武蔵野美術大学はいけるなって思ってました?

中島 自分の中で具体的な攻略法が描けた武蔵野美術大学と多摩美術大学は余裕で受かると思ってました。結果、多摩美は落ちましたけど(笑)。

「『ブルーピリオド』には人を動かす力がある」

山口 地方の人から美術系予備校を知らないという話を聞くと、情報にすいぶん格差があるなと感じたりもします。

中島 目標をクリアするためにその道筋のイメージの解像度をどれだけ上げることができるのか、山口さんの体験からも、それがいかに重要かということが分かりますね。

ところで、2020年は油絵科は15.5倍で日本画科は13.5倍と、昔に比べると藝大の倍率がかなり下がったようです。「アート思考」なんていう言葉が流行るように、独自の視点を持った人が重宝されるようになってきたと言われるなかで、倍率が下がっているのをどう見ますか?

山口 世間が保守的になっているのかもしれませんね。受験料も高いですし、単純に受験料がもったいなくて記念受験する人が減ったのもあるかも。美術系予備校には藝大がトップだという空気感がありますよね。「最初から私立美大を目指すなんて」と言う先生もいて、「受けるだけ受けてみなよ」という空気が当時はありました。経済的な理由からも、美大を目指さない人が増えているのでしょうね。

ただ、今くらいがちょうどよい水準なのかなとも思います。だって、約20倍と言われる宝塚(歌劇団)より倍率が高いっておかしいですよ。

中島 「美大なんて行ってどうするの?」という保守的な若者が増えているなかで、『ブルーピリオド』と出合って、一見不可能に見える藝大受験現役合格という試練を攻略していく八虎を通してイメージが持てるようになると、志望者がまた増える可能性もありますね。

山口 どうでしょうね(笑)。

中島 マンガ大賞を受賞し、アニメも放送され、ご自身のマンガが社会に与える影響の大きさを感じる瞬間はありますか?

山口 最近は中学生の生徒が増えたと、美術予備校の先生がおっしゃっていました。自分が思っているよりも大きな影響を誰かにもたらすのは、怖いことでもあります。

ただ、影響って、ゼロからは生まれたりしないと思うんです。結果的に『ブルーピリオド』がトリガーになったとしても、それを引けるかどうかは本人の意思だと思うんです。

中島 背中を押しただけということですね。でも『ブルーピリオド』には、人を動かす力があると思う。それから、間違いなく芸術のハードルを下げていますよね。芸術業界以外の知人からめちゃくちゃ『ブルーピリオド』を薦められますもん(笑)。

山口(笑)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ソロモン諸島の地方選、中国批判の前州首相が再選

ワールド

韓国首相、医学部定員増計画の調整表明 混乱収拾目指

ワールド

イスラエルがイラン攻撃と関係筋、イスファハン上空に

ワールド

ガザで子どもの遺体抱く女性、世界報道写真大賞 ロイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中