最新記事

日本経済

「日本人なら中国人の3分の1で使える」 クールジャパンどころではないアニメ業界、中国が才能ある人材爆買い

2021年4月11日(日)12時20分
中藤 玲(新聞記者) *PRESIDENT Onlneからの転載

赤字のアニメ制作会社の割合は2018年に3割を超えた

一般社団法人の日本動画協会(東京・文京)によると、日本のアニメ産業市場規模は10年連続で増えており、2019年は09年比で約2倍の2兆5112億円だった。

『鬼滅の刃』が幅広くヒットし、劇場版でも新海誠監督の最新作『天気の子』が興行収入140億円を突破するなど明るい話題があった。一方で、同じ2019年のアニメ制作会社(273社)の売上高合計は2427億円と市場規模の約1割にすぎない。

取り分が増えず、制作会社の疲弊は進む。日本には270社以上の制作会社があるとされるが、帝国データバンクによると、赤字のアニメ制作会社の割合は2018年に3割を超えた。過去10年で最高で、倒産や解散も過去最多だった。

2019年には改善したものの、ある制作会社の幹部は「請負単価は下がり続け、人手不足で業況を拡大できない悪循環。1人でも抜けると仕事を受注できず赤字になる会社が多い」と話す。

乏しい経営環境は業界の成長力をそいでしまう。

日本でアニメーターとして原画を担当する都内の40歳男性。オフィスが無いので自宅で作画をして、社員の人が車で回収に来る。ほとんど誰とも会わない、話さない孤独な生活だ。

「性格が暗くなるだけでなく、生活できずに辞める人も多い。昔より精緻な絵が求められて手間がかかるのに、1枚数百円なのは変わらない。スケジュールに追われてデジタル作画の勉強をする時間も無い」

こうして人材育成もままならない中、技能の空洞化が進む。

日本が中国の下請けに

カラード社の江口CEOには苦い思い出がある。

「このクオリティーだと配信できない」

ある時、カラード社の人手が足りずに日本の制作会社に作画を外注したところ、中国本社から厳しく突き返されたのだ。江口CEOは「中国は豊富な資金力でデジタル作画の設備がそろい、アニメの質が格段に向上している。日本の待遇の悪さは質の低下、最終的には業界の停滞につながりかねない」と指摘する。

既に「日本のトップ級以外のスタジオは、単価が安いけど質が悪いので発注できない」(中国の配信大手)という声も出始めている。中国の求人サイトによると、アニメーターの平均月収は杭州が3万4062元(約52万円)で、北京では約3万元(約45万円)だった。けん引しているのはスマホなどのゲーム動画だ。高収入のため、中国ではデッサンなどの基礎技術を4年ほど美術大学で学んだ人がアニメーターになる例が多い。

「ニコニコ動画」の中国版とも呼ばれる動画配信大手の「Bilibili(ビリビリ)」。日本のアニメ製作委員会に投資し、日本アニメを作る現場のノウハウを蓄積した。そして専門学校などでアニメ制作を学ぶ中国人学生の支援を手厚くし、中国の国産アニメを底上げしている。

中藤玲『安いニッポン』(日経プレミアシリーズ)「これまでは中国が日本アニメの下請けだったが、もはや逆転している」(江口CEO)

スキルの継承が進まなければ、やがては海外からの発注も無くなっていく。つまり「買われるアニメ」は業界が抱える問題の裏返しでもある。

自社での人材育成や設備投資による生産性の向上には、安定した利益確保が必要だ。製作委員会方式はリスク分散の利点もあるが、今後はグローバル競争を見据えた利益還元の仕組みも不可欠だろう。

※登場する人物やデータは取材当時のものです。

中藤 玲(なかふじ・れい)

新聞記者
1987年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒、米ポートランド州立大学留学。2010年、愛媛新聞社入社、編集局社会部(当時)。2013年、日本経済新聞社入社。編集局企業報道部などで食品、電機、自動車、通信業界やM&A、働き方などを担当。


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
presidentonline.jpg





今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英シュローダー、第1四半期は98億ドル流出 中国合

ビジネス

見通し実現なら利上げ、米関税次第でシナリオは変化=

ビジネス

インタビュー:高付加価値なら米関税を克服可能、農水

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中