最新記事

インタビュー

「撃たれやすい顔」を検知する「銃」──現代美術家・長谷川愛とは何者か

2019年8月14日(水)16時20分
Torus(トーラス)by ABEJA

Torus 写真:西田香織


死角から飛んできたボールは避けようがない。直撃されて脳と心が揺さぶられる。現代美術家・長谷川愛さんのアートプロジェクトを見た時の印象をたとえると、まさにこんな感じだ。科学技術をモチーフに、人のありようを浮き彫りにする。それらの軌跡と思いを2回に分けて紹介する。

※インタビュー後編はこちら:「性欲はなぜある?」が揺るがす常識 現代美術家・長谷川愛が示す「未来」

人の偏った認知を「銃」が問い返す

2018年、長谷川さんは"Alt-Bias Gun"という作品を発表した。

torus190814hasegawa-1-2.jpg

このプロジェクトは人の偏った認知バイアスを機械学習等で学ばせ、逆張りもしくは別のバイアスを道具に実装し「公平な社会を目指す」その是非と方法について問います。私たちは一体どのようにそれをデザインし実装してゆくべきなのでしょうか?(中略)この銃は「非武装で警察に銃殺された黒人」の過去数年のデータから殺されやすい人を学習判別をし、条件にあった場合は銃の引き金を数秒止めます。(Ai Hasegawaより)

「バイアス」に疑問

この作品が生まれる背景になったのは、2014年に留学した米国で広がっていた社会運動"Black lives matter"でした。当時、銃を持たない丸腰の黒人男性が、警察官と出会った際に問答無用で撃たれて死亡する事態が頻発していました。「黒人は武器をもっているに違いない」という警官側のバイアス(偏見)が引き起こしたものだと、黒人への暴力や人種差別の撤廃を訴える動きが強まっていました。

バイアスを持っていたのは、人だけではありませんでした。

アメリカの司法では再犯率を割り出すアルゴリズムを使っていますが、過去の判例や質問の内容によっては黒人に厳しい再犯リスクの判定が出る傾向があるとされ、「マシンバイアス」と呼ばれています。中国でも犯罪者の顔の傾向をアルゴリズムで割り出そうとする研究が実施されていました。もし実用化されたら、無実なのに顔認証システムで"犯罪者顔"と判定されて不利益を被る人が出てくるのではないか、と思いました。

"Black lives matter"の広がりなどを受け、オバマ政権(当時)は警察官にボディカメラの装着と捜査中の撮影を義務づけた。しかし、裁判に証拠として提出されたカメラ映像は数割程度にとどまり、罪に問われる警察官は少なかった。

この問題にどう向き合うか考えていたころ、黒人男性が警察官に銃で撃たれて死亡した動画をSNSで偶然目にしました。車を停められ身分証明書を求められ、IDを取り出そうとした時に銃を取り出すと思われ、銃で撃たれたのです。もし彼がIDを探している間だけでも警官の銃の引き金がロックされていたら助かっていたかもしれない。

ヒントになったのは、『PSYCHO-PASS』というアニメ作品に出てくる武器「ドミネーター」でした。

ドミネーターは人に向けると、心理状態から反社会的行動をとるかどうか感知し、その数値の度合いで殺傷力の異なる弾丸を発射します。ドミネーターが「犯罪者」と認めない場合、引き金がロックされ撃つことができません。今のテクノロジーでも強制的にバイアスを補正し、引き金をロックする技術があってもいいのでは、と考えました。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏口止め事件公判、陪審員12人選任 22日

ワールド

イスラエルのミサイル、イランの拠点直撃 空港で爆発

ワールド

原油先物が3ドル急騰、イランで爆発の情報

ビジネス

日経平均は1100円超安で全面安、東京エレクが約2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中