最新記事

映画

『Dr.パルナサスの鏡』が描く奇想天外ワールド

ヒース・レジャーの死を乗り越えて作品を完成させたテリー・ギリアム監督に聞く

2010年1月29日(金)13時52分
小泉淳子

鏡を通り抜けるとそこには欲望が具現化した世界が広がっている(トニー役のヒース・レジャーと博士の娘を演じるリリー・コール) ©2009 Imaginarium Films, Inc. All Rights Reserved. ©2009 Parnassus Productions Inc. All Rights Reserved.

『未来世紀ブラジル』ではエンディングをめぐって映画会社と激しく争い、『ドン・キホーテを殺した男』では主演俳優のけがで製作が中止に追い込まる事態に。なぜかこれまで数々の不運に見舞われてきたテリー・ギリアム監督。最新作の『Dr.パルナサスの鏡』(日本公開中)では、ヒース・レジャーが撮影半ばで急死するという悲劇に作品の完成が危ぶまれたものの、ジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファースの3人を代役に立てて、見事な作品に仕立て上げた。
 
 パルナサス博士率いる旅芸人一座の出し物は「イマジナリウム」。人が密かに抱く欲望の世界を鏡の向こうで具象化してみせる。イマジナリウムに入った人は恍惚の体験ができるのだが、もしも悪魔のささやきに引き寄せられると、現実の世界には戻って来られない。そして博士には重大な秘密があった。1000年前に悪魔とある約束を交わしていたのだ......。

 奇想天外なストーリーで観客を引きこむギリアム・マジックは健在だ。いたずら好きの男の子がそのまま大人になったような表情を浮かべるギリアムに話を聞いた。


----レジャーのことばかり聞かれるのにはうんざりしてる?

 ああ(笑)。でもこれは彼のために完成させた作品だから、重要なのは1人でも多くの人が見てくれることだ。作品の評価がどうかなんて心配しちゃいない。それは見た人が決めればいい。

 ヒースが死んだときに製作をやめるという選択肢はなかった。既に撮影に相当なカネがかかっていたこともあるが、そんなことをすれば、ヒースの最後の作品が消えることになる。何か解決策を見つけなければならなかった。ひとたび頭に解決策がひらめくと、実現はそう困難ではなかった。(ジョニー・デップら)友だちに電話を掛けた。それだけだ。

 もちろんヒースが生きていたらどんな映画になっていたか、私も知りたいさ。もっと力強いものになっていたかもしれない。でもそれは叶わぬ夢だ。人生には障害がつきものだろ? 映画だってそうだ。

 ----トム・クルーズがレジャーの代役に名乗りを上げたというのは本当?
 
 トム本人と話したわけじゃないが、エージェントから連絡があった。彼が興味を示してるってね。ありがたい話だが、トムはヒースを知らない。だから断ったよ。ヒースをよく知っている人に代役を頼みたかった。この映画は私にとって家族のようなものだ。だから親しい人だけで作りたかった。トムに頼むのは、その流儀から外れることになる。

----ヒースが演じるトニーは得体が知れないものの、巧みな話術で人々をとりこにする。トニー・ブレア(元英首相)がモデルだとか?

 最初のヒントになったことは確かだ。ブレアは口先で何でも言う男だ。自分でもそれを信じていて、他人にも信じさせる。われわれをイラク戦争に引きずり込んだのも、彼が正しいと信じていたからだ。大量破壊兵器がないと分かったら、議論をすり変える。映画の中のトニーもそういう男だ。真実がどうかなんて知ったこっちゃない。彼にとって大事なのは他人に何を信じさせたいか、なんだ。

 ただしキャラクターは進化するものだ。たとえ最初の骨格はあるにせよ、いったんヒースが乗り移れば、どんどん変化する。他の監督の場合はそんなことはないのかもしれないが、私の映画ではあっちへ行ったりこっちへ行ったり。流れに任せている。

----他の政治家で映画になりそうなキャラクターは?

 いや、ないね。トニー・ブレアとイラク戦争には、心底頭にきていたんだ。ジョージ・W・ブッシュ? 彼は死んだろ? この世から消えたも同然だ。8年間の悪夢から覚めたら、彼はいなくなっていた(笑)。

 バラク・オバマは今の世界では最高の指導者だと思う。もっとも、彼が受け取ったのは「毒杯」だから4年間で何かを変えるのは不可能だろう。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米中貿易摩擦再燃で新たな下振れリスク、利下げ急務に

ビジネス

シカゴ連銀発表の米小売売上高、9月は+0.5% 前

ビジネス

米BofAの7─9月期は増益、投資銀行業務好調で予

ワールド

米韓通商協議に「有意義な進展」、APEC首脳会議前
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 2
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 3
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に共通する特徴、絶対にしない「15の法則」とは?
  • 4
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 5
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 6
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 7
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中