最新記事

映画

タランティーノの悪ノリ復讐劇

ナチスを虐殺する最新作『イングロリアス・バスターズ』は歴史の真実を無視した絵空事

2009年12月14日(月)14時41分
ダニエル・メンデルソン(作家)

ナチを殺せ ピット演じるレイン中尉はヒトラー暗殺を企てる ©2009 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED

『イングロリアス・バスターズ』のクライマックスでクエンティン・タランティーノ監督が繰り出すのは、恐ろしいほどよく知られたホロコーストの残虐行為。だが、そこには誰の予想をも覆すひねりが施されている。

 大勢の人が大きな建物に閉じ込められ、外側から鍵を掛けられたまま火が放たれる。その後の建物内の様子が克明に描かれる。どぎつい暴力描写で名高いタランティーノらしく、炎に包まれる人体も阿鼻叫喚もなめるように映し出す。そして、驚異のひねりが来る。

 立場の逆転。そう、閉じ込められたのはナチス兵士で、彼らを焼き殺すのはユダヤ人。このひねりに人々は喝采するのか、それともぞっとするのか。観客の反応に今の文化のありようが映し出される。

 タランティーノは『イングロリアス』で逆転ゲームに興じている。何しろレンタルビデオ店の店員からスタートして、B級映画(70年代の黒人映画やカンフー映画)に凝ったひねりを加えてキャリアを築いてきた男だ。

 今回の挑戦はこれまで以上に壮大だ。『大脱走』や『地獄のバスターズ』など、アウトローな兵士が無謀な任務に挑む戦争大作に、思い切ったひねりを加えた。

 もっとも、『イングロリアス』に登場する特殊部隊の米兵は全員がユダヤ系のへなちょこ。非ユダヤ系のアルド・レイン中尉(ブラッド・ピット)の下、ひたすらナチスの兵士を血祭りに上げ、その頭皮を戦利品として持ち帰るのが仕事だ。

 頭皮をはぐバイオレンス・シーンは、タランティーノが目指すポストモダニズム的娯楽の象徴だろう。『イングロリアス』は戦争映画と西部劇をミキサーにぶち込んで「ピューレ」にしたような作品だ(ついでにこの2つが非常に似通っていることも証明している)。

 特殊部隊の物語と並行して進む第2のプロットでは、ユダヤ人の反撃が描かれる。映画館でナチスの幹部をまとめて始末しようとする企てを追いながら、タランティーノはさらに遊び心を発揮する(ドイツの女優を演じたダイアン・クルーガーは、『トロイ』のヘレンよりもずっとはまり役だ)。

 映画を比喩的な小道具として使うのではなく、物語の中核に据えた点は監督の新境地といえる。作戦成功のカギを握るのは引火性の高いナイトレートフィルムであり、映画が歴史をゆがめることに戸惑うある人物の行動が重大な事態を引き起こす。『イングロリアス』は、映画あっての映画なのだ。

大虐殺はただの小道具?

 タランティーノ自身、『イングロリアス』に込めた思いをこう語っている。「映画の力でナチスを倒すという点が気に入っている。映画の力といっても比喩的な意味ではなく、現実として」

 だが、映画は所詮現実ではない。ここでレンタルビデオで形成されたタランティーノの狭い世界観に問題が生じる。

 ホロコーストを娯楽の題材にしていいかという議論は、メル・ブルックス監督の『プロデューサーズ』(68年)の頃からあった。97年にはロベルト・ベニーニ主演の『ライフ・イズ・ビューティフル』で同じ問題が再燃した。基本的にはたわいない映画賛歌にすぎない『イングロリアス』が、ホロコーストを小道具にしたことの是非を問う声も、当然出るだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国とサウジが外相会談、地域・国際問題で連携強化

ビジネス

グーグルがパプアに海底ケーブル敷設へ、豪が資金 中

ワールド

トルコ、利下げ後もディスインフレ継続へ=中銀総裁

ビジネス

印インディゴ、顧客に5500万ドル強補償 大規模欠
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 5
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中