最新記事

映画

強欲ウォール街をたたくムーアの空回り

新作『キャピタリズム』は目の付けどころはいいが、傑作には程遠い

2009年12月8日(火)15時10分
デービッド・アンセン(映画ジャーナリスト)

突撃取材 邪悪な資本主義を民主主義によって倒せとムーアは呼び掛けるが(写真は『キャピタリズム』より)  ©2009 Paramount Vantage, a division of Paramount Pictures Corporation and Overture Films, LLC

 資本主義は邪悪だ。排除しなければならない──マイケル・ムーアは10月2日に全米公開される『キャピタリズム〜マネーは踊る〜』(日本公開は12月)で高々とうたう。相変わらず過激な呼び掛けだが、ではどうやって?

 ムーアによれば、人口の1%が富の大半を享受するシステムを壊すかどうかは、残りの99%に懸かっている。民主主義は、これまで支持してきたシステムさえ倒せるということらしい。だがムーアが言うように投票で革命が起こせるのか。

 痛烈な批判と的外れな批判、感動と誘導、共感と自分の美化。この作品は良くも悪くもムーアらしさに満ちている。

 ローンが払えず家から追い出される人々、失業率の増加といった逸話は、ムーアのファンには見慣れたものだ。しかし多くの大企業が従業員に無断で生命保険を掛け、死亡保険金を受け取っているという事実には驚くかもしれない。ムーアならではのあっぱれな暴露だ。

 とはいえムーア自身が有名ブランドになったことの代償もある。いくつかの手法は手あかが付いた。ウォール街に立ち、金融危機を招いた経営者を逮捕せよと拡声器で叫ぶのはもはやスタンドプレーだ。

 経済危機でウォール街の強欲に批判が高まるなかでの公開は、絶好のタイミングといえる。ただし、ムーアは政府による金融機関の救済を非難するだけで、銀行が経営破綻した場合にどうなるかを語らない。大勢のカトリック神父に資本主義は「罪」だと言わせながら、資本主義の信奉者の意見はほとんど取り上げていない。

 おまけにファンにそっぽを向かれたくないのか、オバマ米大統領については腰砕けになる。オバマを民主主義の希望の星だと持ち上げてみせる一方、彼が選んだガイトナー財務長官らを企業の手先だとこき下ろす。

 『キャピタリズム』の出来は彼の傑作とは程遠い。いつものことだが、目の付けどころはいい。そしていつものことだが観客は思うだろう。彼のファン以外にその声は届くのだろうかと。

[2009年10月 7日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中