最新記事

映画

本当のシャネルを知りたくて

『ココ・アヴァン・シャネル』が描けなかったタフで複雑な改革者の横顔

2009年9月30日(水)16時14分
ジナン・ブラウネル

スタイルの女王 トトゥの美しさは完璧だが、シャネル本来の力強さには迫れなかった(9月18日から公開中の『ココ・アヴァン・シャネル』) ©Haut et Court - Cine@ - Warnerbros. Ent. France et France 2 Cinema

 世界的なファッションデザイナーになる前の、20代のガブリエル・シャネル(通称ココ・シャネル)を描いた映画『ココ・アヴァン・シャネル』にはなんともうまいシーンがある。恋人のカペルがシャネル(オドレイ・トトゥ)に、海辺の保養地ドービルで行われるダンスパーティーに一緒に行ってほしいと頼む。シャネルは承諾するが、イブの時代からすべての女性を悩ませてきた問題に彼女も直面する。着ていく服がないのだ。

 カペルと一緒に地元の仕立服店を訪れたシャネルは黒い生地を選び、コルセットは付けないよう依頼する。「それでは見苦しい」とはねつける店の女性に、シャネルは「私の言うようにして」とぶっきらぼうに言い返す。当然のことながらパーティーでは、黒いドレスで朝まで踊り明かす小柄な女性にみんなの視線が集まった。

 実際は、シャネルがこの「リトルブラックドレス」(シンプルな黒のカクテルドレス)を発表したのは40歳頃で、カペルが交通事故で死んだずっと後であることは無視しよう。1926年に誕生したこのドレスは1世紀近くたった今も、世界中の女性が着こなすカクテルドレスの定番となっている。

『ココ・アヴァン・シャネル』は、ここ1年間で3本目のシャネルの伝記映画。アナ・ムグラリスが若きシャネルを演じた『シャネル&ストラヴィンスキー シークレット・ストーリー』は5月のカンヌ国際映画祭で閉幕を飾った(日本では10年1月公開予定)。『ココ・シャネル』ではシャーリー・マクレーンが晩年のシャネルを熱演している(日本公開中)。

女性の服に革命を起こす

 シャネルの一生はエピソードの宝庫だ。未婚だった母の死後、行商人の父親に見捨てられて12歳から修道院で育ち、やがて億万長者になった。化粧品ブランドを始めた最初の女性であり、自分の名前にちなんだ香水を作った最初の人物である。「彼女は、私たちの中のロマンをかき立てるシンデレラ人生を送った」と、『ココとイーゴリ』(映画『シャネル&ストラヴィンスキー』の原作)の著者であるクリス・グリーンハルは言う。

 女性たちをコルセットから解放したのはもちろん、巨万の富も築いたシャネルの成功物語から、面白い映画を2、3本作るくらいは簡単だろう。しかし、彼女はそれ以上に大きな存在だった。アメリカの女性解放運動家で「ブルマー」の生みの親となったアメリア・ブルマーなど、他の改革者と比べても近代女性の服装(と香水)に最も革命的な変化をもたらした。

「シャネル以前は赤い口紅を塗り、日焼けして、フェイクの宝石を着けた女性は田舎者か売春婦だった」と、シャネルの国際広報部門の責任者マリールイズ・デ・クレモントネールは話す。

 グリーンハルは「フランスの歴史的人物で偶像視される4人は誰かといえば、私はエディット・ピアフ、マリー・アントワネット、ジャンヌ・ダルク、そしてココ・シャネルを挙げる」と言う。「ほかの3人を描いた映画は興味深いものになった。次にシャネルの映画が作られるのも当然のことだ」

 しかしシャネルの場合、映画化によって何かが失われてしまったようだ。彼女には実業家やフェミニストとしてさまざまな業績があるのに、どの映画もどん底からファッション界の頂点に上り詰めた軌跡ばかりに焦点を当てている。

 それも理解できなくはない。シャネルの個人的な物語には圧倒的な力がある。パブロ・ピカソやジャン・コクトーと友人で、恋人はナチスの将校やウェストミンスター公爵。ロシアの作曲家イーゴリ・ストラビンスキーとの恋も噂された。当時、女性の服には使われることのなかったツイードをシャネルが使ったのは、公爵と釣り旅行に出掛けたときに思い付いたものだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、レアアース輸出ライセンス合理化に取り組んでい

ビジネス

英中銀、プライベート市場のストレステスト開始へ

ワールド

ウクライナ南部に夜間攻撃、数万人が電力・暖房なしの

ビジネス

中国の主要国有銀、元上昇を緩やかにするためドル買い
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中