最新記事

知的財産

研究所にしかないはずの愛媛の高級かんきつ、中国が勝手に生産 日本への視察団が堂々と盗んでいた

2023年1月13日(金)12時25分
窪田 新之助(農業ジャーナリスト)、山口亮子(ジャーナリスト) *PRESIDENT Onlineからの転載
日本の柑橘類

*写真はイメージです taka4332 - iStockphoto


日本の高級フルーツの種苗が中国や韓国に流出する事例が相次いでいる。なぜこのようなことが起こるのか。農業ジャーナリストの窪田新之助さん、山口亮子さんの著書『誰が農業を殺すのか』(新潮新書)より、愛媛県のかんきつの例を紹介しよう――。


市場に流通していないはずのかんきつが中国に流出

「えっ......本当ですか」

電話の相手は、疑問とも感嘆ともとれる口調で声を絞り出してから、黙り込んだ。ひりひりした空気が流れる。どうやら寝耳に水の情報を伝えてしまったようだ。

問い合わせた相手は、愛媛県の農業担当者。内容は、同県から無断で中国に流出しているのではないかと疑いを持った「愛媛38号」についてである。

このかんきつを事前に中国の検索エンジンで調べると、苗の販売や栽培に関する情報がいくらでも見つかったのだ。一連のサイトに載っている情報が確かに「愛媛38号」についてであるなら、育成者である愛媛県のあずかり知らぬところで、その産地が形成されているのではないか。やがて農業担当者から返ってきたのは、意外な答えだった。

「愛媛38号は、市場にはデビューしていません。県の研究所内にしかないはずなんですよ」

ふつう、都道府県は種苗を育成したら、その都道府県名を冠した「系統名」を付ける。愛媛県なら「愛媛○号」、あるいは「愛媛果試○号」という感じだ。

その系統が収量や品質で優れていると判断して、市場に送り出す場合には、農水省の品種登録制度に基づいて「品種登録」をするのが一般的である。たとえば「愛媛34号」という系統は「甘平(かんぺい)」として品種登録されている。

品種登録に至る系統は1万に1つ

品種登録をするのは、種苗法に則って育成者の権利が保護されるからだ。保護されるとは、種苗や収穫物、一部の加工品を商業目的において独占的に利用できるという意味である。

系統のうち品種登録に至るのはごくわずかだ。愛媛県によれば、かんきつでは1万に一つ、二つとのこと。それ以外の系統は日の目を見ないまま、遺伝資源として保存されることになる。ただ、そうして眠っているなかにも、消費者の嗜好(しこう)や気候の変化を受けて、時間をおいてから突如として世に引っ張り出される系統もある。

ある系統を品種登録する場合、研究所から持ち出して農家に栽培させ、狙った通りの性質が保たれているか試すことになる。品種が登録され、市場に受け入れられれば、地域の内外に広がっていく。

日本で商業栽培すらされていない「愛媛38号」がなぜ中国に渡ったのか

「愛媛38号」、正式名称「愛媛果試第38号」はというと、品種登録はされておらず、残念ながら2022年9月時点では日本では商業的に栽培されていない。ただ、皮肉なことに無断で流出した先の中国では商業栽培され、さらに愛称「果凍橙(ゼリーオレンジ)」や略称「愛媛橙(愛媛オレンジ)」などいくつかの名前で呼ばれるほど親しまれている。県の研究所内だけで細々と栽培が続いているはずのかんきつが違法性の疑われる形で流出している可能性があることに衝撃を受けた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

欧州企業の第4四半期利益、足元で持ち直し LSEG

ワールド

FRB政策は適切な位置、AIの経済影響を精査=米S

ビジネス

全国コアCPI、1月は+2.0%に減速 総合は22

ワールド

IMF、ベネズエラの状況「極めて脆弱」 協議途絶え
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    中道「大敗北」、最大の原因は「高市ブーム」ではなかった...繰り返される、米民主党と同じ過ち
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 5
    IMF、日本政府に消費減税を避けるよう要請...「財政…
  • 6
    ウクライナ戦争が180度変えた「軍事戦略」の在り方..…
  • 7
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 8
    ディープフェイクを超えた「AI汚染」の脅威──中国発…
  • 9
    カンボジア詐欺工場に「人身売買」されたアフリカ人…
  • 10
    中国政府に転んだ「反逆のアーティスト」艾未未の正体
  • 1
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 2
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発される中国のスパイ、今度はギリシャで御用
  • 3
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」でソフトウェア株総崩れの中、投資マネーの新潮流は?
  • 4
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 5
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 6
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 7
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 8
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    川崎が「次世代都市モデルの世界的ベンチマーク」に─…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中