最新記事

日本社会

リアル「シャブ漬け生娘」に接している精神科医が、吉野家常務の発言と反応に感じた強い違和感

2022年5月1日(日)16時00分
松本俊彦(精神科医) *PRESIDENT Onlineからの転載
吉野家の店舗

吉野家騒動に潜んでいるもう1つ別種の差別意識とは? tang90246 / iStockphoto


吉野家の役員の「生娘をシャブ漬けにする」という発言の本当の問題点はどこなのか。精神科医の松本俊彦氏は「覚醒剤依存症の人の多くは、自己肯定感が低く、孤独に苦しんでいる。『シャブ漬け生娘』という表現は、そうした人たちをより苦しめることになる」という――。


吉野家騒動に潜んでいるもう1つ別種の差別意識

「田舎から出てきたばかりの生娘をシャブ漬けにする企画」。吉野家の伊東正明・常務取締役企画本部長は、若い女性向けのマーケティング施策についてこう表現し、役員を解任された。不快に思うのは無理もない。なにしろ、その表現には、吉野屋を訪れる客を馬鹿にしているばかりか、人身売買的犯罪を肯定するようなニュアンスが含意されているからだ。

とはいえ、ちょっと気がかりなことがある。

くだんの発言を非難する人のなかには、「シャブ漬け生娘」という表現から「シャブ山シャブ子」(「相棒 Season 17」, テレビ朝日, 2018)のような覚醒剤依存症者のイメージを思い浮べ、「あんなゾンビみたいのと一緒にするな!」と憤る人が混じっていないだろうか?

勘違いかもしれない。私が薬物依存症を専門とする精神科医で、それこそ世間から「シャブ漬け生娘」と形容されかねない患者の治療をするのを生業としているせいで、いささか神経質になりすぎている可能性もある。

だが、もしも私の懸念に多少ともあたっている点があるならば、この騒動の深層には、もう一つ別種の差別が存在することにならないか。

「シャブ漬け」になるのは依存性が強いからだけではない

おそらく世間の人たちが「シャブ漬け生娘」という言葉から想像するのは、次のようなイメージであろう。

覚醒剤に脳と心を支配され、それを手に入れるためならば、暴力をふるう男との生活に耐え、見知らぬ男に身体を売り、仕事も乳飲み子の世話も放り出して薬物に耽溺する女性、あるいは、世の中にはそんな生活よりももっと楽しく、素敵なことがあるはずなのに(=牛丼よりももっとおいしい高級料理があるはずなのに)、シャブ以外目もくれず、薬物中心の生活を送っている女性......。

だが、物事はそんな単純ではない。彼女たちが「シャブ漬け」になるのは覚醒剤が強力な依存性薬物だから――だけではないのだ。いくら何でも、それでは薬物の影響力を過大評価しすぎというものだろう。「ダメ。ゼッタイ。」なるプロパガンダを掲げる薬物乱用防止教育では、「一回やったら人生は破滅」と連呼されるが、これは疑似科学的なフェイクニュースにすぎない。

薬物を接種し続ける動物たちは孤立無援を感じている

かつて頻繁に行われた実験がある。ネズミやサルの頸静脈にカテーテルを留置した状態で檻のなかに閉じ込め、ネズミやサルがレバーを押すと、カテーテルを介してヘロインやコカインがその体内に注入される、という装置(スキナーボックス)を用意する。すると、動物たちは日がな一日レバーを押し続けるようになり、やがてその頻度はエスカレートし、挙げ句に死んでしまう、というものだ。

この実験が、薬物が「脳をハイジャックし、最後は人を死に至らしめる魔物」であることを証明し、厳罰政策や、薬物依存症者をゾンビのように醜悪に描く、差別的な予防啓発を肯定する根拠とされてきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中