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問題の米投資会社アルケゴスに深入りした野村HD フアン氏復活に賭けた事情とは?

2021年4月5日(月)18時23分

3人の関係者によると、フアン氏は投資対象にレバレッジを効かせ、運営するファンドの規模が約100億ドル(約1兆1055億円)の段階で、500億ドル相当まで株式投資ポジションを膨らませた。こうした取引ができたのは、裏付けとなる株式を直接保有せずに株価の方向に賭けることができる「トータル・リターン・スワップ」というデリバティブを購入したからだ。投資家に代わって金融機関が株式を購入し、投資家にはパフォーマンスに連動するリターンの提供を約束。投資家は金融機関に取引の安全性を保証するための担保を差し入れるという仕組み。

あるバンカーは「圧倒的なリターン」を生み出すこのフアン氏のビジネスが、金融機関にとって非常にもうかる取引だったと述べた。

別の複数の関係者は、フアン氏自身が金融機関側の「最上位顧客」の立場を利用して、求められる担保水準の引き下げを強く働き掛けたと明かす。この担保こそ、本来は金融機関にとって、顧客が持つリスクを緩和する重要な手段だ。

しかし、ゴールドマンやモルガン・スタンレーといった最有力プライムブローカーによる市場支配に挑もうとする投資銀行の間では、特にフアン氏との取引獲得を巡る競争が激化。そのうちの1社が野村だった。プレキンのプライムブローカー世界番付に基づくと、野村の現在のランキングは23位。野村はフアン氏との関係復活を決めた後、大手米ヘッジファンドとの取引強化を実現する戦略の一環として、アルケゴスとの取引も急速に拡大した。

日本最大の証券会社である野村は世界金融危機後、当時の米リーマン・ブラザーズから欧州、アジア、中東部門を買収し、それを弾みに世界的な投資銀行を目指してきた。米国での市場シェア拡大は、そうした目的を達成する鍵だ。

アルケゴスと野村の関係に詳しいもう1人の人物は、野村とアルケゴスとの関係はここ4-5年で、実に活発化したと指摘し、これが野村の米国市場シェア拡大への努力と結びついていたとみる。

クレディ・スイス、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーの代表者はロイターへのコメント提供を控えている。

リスク管理の過信

アルケゴスがリスクテーク姿勢を強めたのは、複数の投資銀行と取引関係があったためだ。一部の取引では株式投資ポジションが、差し入れた証拠金の20倍に達するケースまで出てきていたという。

関係者によると、ファミリーオフィスであるアルケゴスは情報開示の義務が限られ、投資銀行側はレバレッジ取引の全容を把握できなかった可能性がある。

それでも、アルケゴスへのアプローチにもっと慎重だった金融機関もある。例えばバンク・オブ・アメリカは近年、フアン氏を顧客として受け入れていない。アルケゴスのレバレッジや、特定証券への集中的な投資、同氏が過去に規制当局ともめたことなどが理由だったという。

ゴールドマンの法令順守担当幹部もずっとフアン氏への警戒心を緩めず、昨年になって担保率を非常に高水準にするという条件で、ようやく取引開始に同意したという。

今回、一部の投資銀行は投げ売りでうまく立ち回ったことから、今や関心の的は、顧客に対するデューデリジェンスをプライムブローカーが強化する必要があるかといった点になっている。

麻生太郎金融担当相は2日、野村と三菱UFJ証券ホールディングスの海外子会社がアルケゴスとの取引によって生じる可能性がある巨額損失に関して「日銀などと情報を共有し、引き続き状況を注視していく」と表明した。

関係者によれば、米証券取引委員会(SEC)や英金融行動監視機構(FCA)もアルケゴス問題で予備的調査を開始した。

野村の場合、顧客へのデューデリジェンスがうまく機能していなかったのではないかとの疑念がとりわけ重大なのは、同社が2019年に米国でリスク管理と法令順守の専門家たちの雇用を削減していたことにある。ある関係者は、その人員削減と、アルケゴス取引で野村が取ったリスクには関連があると指摘する。「恐らくリスク管理できると思ったのだろうが、それが間違いだった」

[ロイター]


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