最新記事

中国企業

中国当局に睨まれたアント、それでも進撃が止まらない訳

ANT’S LONG MARCH

2020年11月9日(月)18時20分
魏尚進(ウエイ・シャンチン、コロンビア大学経営大学院教授、元アジア開発銀行チーフエコノミスト)

アントのスマホ決済アプリ「支付宝(アリペイ)」は高い人気を誇る ALY SONG-REUTERS

<ジャック・マーの舌禍で大型IPOが延期になった中国のアント・グループ。オンライン決済における独占に近い地位に当局は懸念を抱くが、同社とフィンテックが社会にもたらす恩恵は大きい>

中国のフィンテック大手アント・グループの快進撃が急停止した。11月5日に予定されていた香港と上海での新規株式公開(IPO)に、中国の金融当局から待ったがかかったのだ。アリババの創業者で、アントを実質的に経営する馬雲(ジャック・マー)が最近、金融規制はフィンテック・イノベーションに対する理解とサポートが足りないと示唆したことが原因らしい。

アントはこれまで、独創的で強靭な成長を遂げてきた。中国における電子決済アプリ「支付宝(アリペイ)」の絶大な人気をテコに、投資信託や保険などの金融商品の販売に進出してきたが、今後もさまざまな成長のポテンシャルがある。

例えば、アントは独自のアルゴリズムで、決済サービス利用者の信用力をはじき出している。当局の認可を得られれば、この情報をサプライチェーン企業や賃貸不動産業者、銀行などに提供するビジネスを立ち上げることもできるだろう。また、海外市場にも大きな成長の可能性がある。

だが、中国の規制当局は、アントの成長や新事業への進出に、これまで以上に大きな影響を与えそうだ。実際、中国当局は、オンライン決済におけるアントの独占に近い地位と、それが金融システムの安定に与える予期せぬリスクに懸念を抱いている。

こうした懸念は、アントとフィンテックが社会にもたらす恩恵を熟考した上で対処するべきだ。イノベーションの中には格差を拡大するものもあるが、アントのフィンテックは、金融サービスを万人に開く大きな役割を果たしてきた。担保となる資産がないために融資を得られなかった中国の無数の小規模ビジネスが、アントのおかげで資金を調達できるようになった。

また、アントは中国の金利自由化の立役者でもある。フィンテック革命前の中国では、預金金利の上限(と貸出金利の下限)が決まっていた。このため家計が預金から得られる利息は、市場金利よりも低く抑えられていた。預金金利が市場金利と一致していれば、経済の効率は高まり、中国の対外不均衡も縮小できる可能性があるが、この改革は難しかった。市中銀は低い預金金利によって恩恵を得ていたから、自らそれを変えるインセンティブは乏しい。

それを変えたのがアントの「余額宝(ユィオーパオ)」だ。2013年に発売された余額宝は、市場金利が付くMMF(マネー・マーケット・ファンド)で、スマートフォンで即座に売買でき、1元から投資できる。これにより無数の消費者が、銀行の低金利に我慢し続ける必要はないと気が付いた。それが一般の銀行に独自の金融商品の開発を促し、中国全体で事実上の金融自由化を起こした。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイランに攻撃か、規模限定的 イランは報

ビジネス

米中堅銀、年内の業績振るわず 利払い増が圧迫=アナ

ビジネス

FRB、現行政策「適切」 物価巡る進展は停滞=シカ

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中